
二月から三月にかけて、阿佐ヶ谷ラピュタの源氏鶏太特集で四本映画を見ました。主にBGもの。それぞれ面白かった。
『青い果実』は岡田茉莉子さま主演の明朗なロマンスだった。『青い山脈』を彷彿とさせるのはそのタイトルばかりではな い。服部良一による主題曲からして近似値である。服部良一のスコアでは、茉莉子さま
の誕生日パーティにかかる「ハッピー・バースデイ」の変奏曲もよかった。海辺の街(伊東あたり)のお嬢様をめぐる恋愛騒動記。地元の有力者である茉莉子の父は、日曜日の朝にランニングする「朝粥の会」から彼女の婿を選ぼうとする。街の青年たちはみんなソワソワ。彼らの同僚である女子たちはお冠で、「喫茶かもめ」に女子会を招集し、「朝粥の会」の男子たちと絶交を宣言する。「えー、じゃあコーラスの会も中止?」っていうのが良かった。もちろん抜け駆けする女子もいて、お目当ての異性の自転車の前に乗せてもらって海までデートに行ったりして、ああこの頃の恋愛って清々しい。
しかし私の印象に残ったのは、「喫茶かもめ」のメニュー表の値段であった。「カレー70円、ポークカツレツ120円」。1955年のこの値段は、現在に換算するといくらくらいであろうか。そう、源氏鶏太絡みの映画はどういう訳か物の値段とか、地域とか、ディテールが気になるのである。
翌年に制作された司葉子主演の『見事な娘』でも、経済が具体的に恋模様に絡んでくる。
司葉子は毎月のお給料からやりくりして、五万円ほど貯金をためている。会社が不渡り手形を出しそうな父・笠智衆は早急に九十万円必要になって、娘にその五万円を貸してくれるように所望する。しかし、司葉子は兄が駆け落ちした相手である悪い女にその五万円を騙したられたばかり。そんな訳で偶然に出会ったお金持ちの坊ちゃん小泉博の実家から三万円を借金して父に渡すことに。それでも会社の資金繰りは上手くいかずに、司葉子の一家は桜ヶ丘の家を売って、蒲田に引っ越すこととなる。家を売って得た二百五十万円のうち、百万は担保で取られ、百万は会社に入れて借金を精算、その他のお金を抜いて、四十万ほど手元に残るので病気で帰って来た司葉子の兄の入院費もどうにかなるだろう…と笠智衆は言う。蒲田の家は信じられないほどのボロ家だが、二階からは富士山が見える。引っ越しそば六つで三百六十円の時代だ。
コリーを飼っている小泉博の実家は自由が丘、会社の同僚で密かに司に思いを寄せる小林桂樹の下宿先は八丁堀という設定だった。

藤山陽子
大好きな職人監督福田純による1962年作品『女性自身』の主演は藤山陽子。これが唯一の主演作で、他では「損な役回りの美人」役ばかりやっている人である。東宝のマーサ・ハイヤーか。でもしょうがないわね、すごい大根なんだもの!
そんな訳で沢田駿吾によるお洒落なスコアと素敵なオープニングタイトルで感じたときめきは、ヒロインの鏡越しの自己紹介モノローグでいきなりシュンと萎んだ。棒読みヒロインに代わって、福田純のミューズ、浜美枝が健闘。人のハンカチで鼻をかんでは借りパクしてしまうちゃっかり屋の同僚女子役で、いきいきとコメディリリーフを担っていた。
そんな彼女が同僚男子から二万円借金したのが、恋愛騒動の始まり。その借金主とどうしても結婚したい浜美枝は、藤山陽子に恋の助太刀を求める。しぶしぶ佐原健二に話をしにいく藤山陽子。そんな藤山陽子に(終電がまだにもかかわらず)銀座から梅が丘までのタクシー代金をポンと出して太っ腹なところを見せる佐原健二…別にお金持ちでもないのにどうして。二人の急接近を見た藤木悠は慌てて預金通帳を見せて藤山陽子にプロポーズ。「四十五万円の貯金があります! 結婚して下さい」。イヤになってしまった藤山陽子が帝国ホテルでお見合いをすると、世間は狭いもので見合い相手の友達として佐原健二がついてくる。知らんぷりして見合い相手とデートする藤田陽子。相手は彼女を高輪プリンスのゴルフ練習場に連れ出す。「高いレジャーですのネ。今日かかったお金は私のサラリーの一ヶ月分ですワ」という藤山陽子。
全ての恋のディテールに値札がついている! さすが週刊誌「女性自身」に連載されていた同名小説が原作だけのことはある!

『結婚の条件』
ルリルリ主演の『結婚の条件』もまた同じである。『女性自身』のオープニングは女子トイレのBGたちのお喋りシーン(「あら、それ新しいカネボウの香水? ちょっと貸して」と露骨にタイアップ先をヨイショ)であったが、今回はBGたちが「結婚相手の条件」を赤裸々に述べ合う場面でスタート。「最低でも月給三万円!」 1963年の三万円ってどれくらいかなあ。三十万くらい?
この映画のルリルリは神保町シアターのモード特集で見た『華やかな女豹』より二十倍はファッショナブルでラブリー。中原淳一の少女小説世界を会社に移行させたような愛されBGファッションの数々を披露してくれる。ボウタイオレンジプリントブラウスに紺の金ボタンツーピース、その上に真っ白なコートを合わせたりして。真珠のペンダントやお洒落で華奢な腕時計など、小物使いも完璧だ。白いパイピングのツーピースの時は白い手袋を合わせ、空色のワンピースの時は白い水玉のスカーフを合わせる。この時の衣装は誰なのかな? 森英恵は日活を離れた後だろうか…。
そんなルリルリを会社の男子たちが放っておくはずもなく、何人も求婚者が現れる。「僕の月給は二万七千円、ボーナスは六ヶ月分です」。今の婚活もこれくらい分かりやすくやればいいのに。でも、ルリルリはそんなことよりも、同居している兄夫婦の仲が気になって…! というお話だった。ルリルリは高井戸で姉夫婦と同居しているのだが、姉の南田洋子がすっかりうるおいをなくして、身なりにもかまわなくなって妻の座に安住している間に、義理の兄二宮英明は未亡人の桂木洋子に惹かれてふらふら浮気しそうになっていたのである。
そんな訳で物の値段やサラリー、地域(四本中二本に婚活で自分の社会的地位を上げようとする下町の貧しい自営業の娘が出てくる)といった社会的なところが気になる娯楽作群であった。それにしても、当時の若いサラリーマンは本当にあんな風に銀座のバーでアフター5を過ごしていたのだろうか? 現在だったら、いくらサラリーがあっても足りないと思うんだけど…。