リアンヌ・シャプトンがカナダの古本屋で手に入れたカナダの木々についての書籍をもとに、豊かな色彩で木の葉を描き出したイラスト集。様々な緑のグラデーション、葡萄色、浅黄色、橙黄色、群青色、淡いピンク、珈琲色。深い森の香りと生命の息吹を感じる素晴らしい作品。押江千衣子の初期の作品にも通ずる魅力がある。リアンヌ・シャプトンは私にとって、ミランダ・ジュライの次くらいに「やることが全部面白い」大好きなアーティストである。




(via Gothamist)



 ルース・オーキンがアッパー・ウェストの自宅の窓から見える様々な風景を窓から撮った『A World through My Window』『More Pictures From My Window』は私の宝物のような写真集である。
 写真の一部は彼女のフォト・アーカイヴで見られる。
 昨年末、アッパー・イーストからブルックリンまで、現在の著名なニューヨーカーたちの窓から見える風景を描いたマット・ペリコリの画集
『The City Out My Window』を買った。これまた素敵だったが、ちょっと心配にもなった。こんなに明確に窓の外の風景を描いてしまったら、ニューヨーカーたちは誰がどこに住んでいるか一発で分かってしまうのではないだろうか? エア・ニューヨーカーの私でさえ、描かれた風景からニコール・クラウスとジョナサン・サフラン・フォアの住所を割り出せる。それとも、スマートなニューヨーカーたちは、住所が分かっても知らないふりが出来るのだろうか? その場所を通りかかった時、窓をのぞくようなこともしないのだろうか?
 そう、窓から外の風景を見ている人たちは、外からも自分の窓が見られていることを忘れてはならない。
 写真家のYasmine Chatilaがニューヨークの街を歩いていて、他人の家やオフィスの窓から一瞬見えてしまったものを撮った「Stolen Moments」のシリーズは「出歯亀か芸術か」ということで物議を醸し出した。
 抱き合ってキスをするロワー・イースト・サイドのゲイのカップル。窓辺で無防備に着替えて、美しい裸身をさらしているティーン・エイジャー。残業中にこっそりキスをしているオフィスの恋人たち。ウォール・ストリートの贅沢なマンションに暮らす男は、恋人か高級な娼婦か分からない見事なプロポーションの全裸の女にバー・カウンターをつかませて後ろから突き立ている。チャイナタウンのバスルームにいる男は明らかにマスターベーションをしている。
 生々しい動画さえも添えられたこれらの写真は、間違いなくプライバシーの侵害に当たる。
 しかし、窓から見えたその一瞬が誰かの人生の一面を集約するような、魅惑的な場面を映しだしているのも事実だ。それをとらえる誘惑に果たして抗うことは出来るだろうか。
 窓は「あちら側」だけではなく、「こちら側」も映し出すことを忘れないこと。素晴らしい「盗まれた瞬間」のシリーズ、本になったら是非欲しい。





 『From Here to There:A Curious Collection from Hand Drawn Map Association』は「手描きの地図」を集めた本。





 ナプキンに殴り書きされたものから、架空の土地の詳細な地図まで、それぞれに物語があって面白かった。中学一年生の女の子が描いた「ロッカーの中の地図」もあれば、それぞれのコンサートで自分が会場のどこにいたかア
ーティスト名で記してある地図、太陽の黒点の位置を示した地図。Google Mapでは辿り着けない場所もある。そんなことを思い出させてくれるチャーミングな本。

右はアレクサンダー・カルダーがベン・シャーンのために描いた自宅への地図









 リアンヌ・シャプトンの『Was She Pretty?』を読む。
 イラストと短文を組み合わせた構成の恋愛譚。
 ご覧の通り素敵な表紙で、現在本棚に立てかけて飾ってある。
 最初にケルケゴールの「あれかこれか」の抜粋が、手書き文字で書いてあるのもいい。 私はつくづく書き文字のエッセイや小説に弱いのだ。
 彼女の文字をどこかで見たことがある人もいるかもしれない。
 ノア・バームバックの『イカとクジラ』のタイトルバックは彼女の手によるものだ。
書き文字ではないけれど、『マーゴット・ウェディング』のタイトルデザインもシャプトンの仕事。バームバックは彼女がお気に入りで、クライテリオン版の『彼女と僕がいた場所』のパッケージもリアンヌ・シャプトンに頼んでいる。

 意外なところだと、チャック・パラニュークのこの表紙もリアンヌ・シャプトンの仕事だ。



 しかし二冊ほど読んで、彼女の作風がよく分かったね。
 一見お洒落だけど、恋愛模様を描かせると結構生々しいのが持ち味。文化系だけど、草食ではない。(本人は可愛い顔をしているのに!)
 「誰もが誰かの元カノ/元カレである」というこの本のコンセプトも、新しい彼氏の家に行った時、キッチンに昔の恋人の写真が飾ってあるのを見て思いついたそうだ。大人になれば、それなりに恋愛体験も重ねる。大人になって始まる恋は、最初の恋ではない。では、「昔の恋人」というのは人にとってどういう存在なのか?
 コリンの元カノのヘザーは自主制作映画の監督で、インタビューに答えて言うことには「ブロックバスターの映画なんて、やろうとしても私には作れないわ!」
 そのヘザーの元カレのジョエルは小説家で、二人の情熱的な関係について長編を書いたことがある。
 グレッグの元カノは、英国出身の女優のルーシー。完璧な外見をしているけれど、いつも役には美人過ぎると言われてオーディションを落とされている。
 そんなルーシーの元カレは女優としか付き合わない男。彼は自分の恋人が役をもらえるかどうかは気にしなかったけれど、役がつけばハッピーではあった。
 そんな昔の恋人についてのエピソードがどんどん生々しいものになっていく。
 美しすぎる昔の恋人について、今つきあっている彼女に決して話そうとしないマーティンは、その元カノから電話がかかってくると受話器を自室に持ち込んで出てこなくなってしまう。
 ケリーは恋人のレンと街に出ると、しょっちゅう彼が「昔よく知っていた」という女性に会う。
 イザベルは恋人の部屋で彼の昔の恋人を見つけて切り裂き、その破れた写真をパズルのようにつなぎあわせて、彼氏の枕の上に置いておく。
 ジェフの昔の恋人、モニカはトスカーナ出身。彼女がイタリアから遊びに来ると、ジェフは付き合っているジュリーを部屋から出してしまう。ジュリーは十四回も留守電を入れて、「まだ彼女に私のことを話していないの?」と残して電話を切る。
 エリザベスは自分の昔の恋人には興味がないけれど、元カレの新しい彼女について考えると気がおかしくなりそうになる。妄想の中ではその新しい恋人は彼女よりも細い足首、豊かな唇、高い学位の持ち主だ。
 スコットは昔の恋人、グレタが男といるところを地下鉄で見かける。彼は嫉妬を感じるが、同時にグレタと一緒にいる男に同情もする。
 そんなことや、昔の恋人の欠点やセックスについて事細かに書いてあるスコットの日記を、恋人のマーガレットは全部読んでしまう。
 ルイーズはグレッグの昔の恋人、ルーシーとパーティでぶつかって急に首に真っ赤な湿疹が出来てしまう。それから腹痛に襲われるが、医者は原因を特定できない。朝になると、湿疹と痛みは消えてしまう。
 洒落た軽やかな外見とは違い、嫉妬をテーマにした、鋭い切れ味の本だった。そういえばリアンヌの線画もシャープで力強い。
「彼女はきれいだった?」ていうタイトルもよく考えると怖いね。




 知り合いで、「クレア」でやっていた大月隆寛とナンシー関の対談連載のタイトルをずっと「目方でドン」だと思っていた人がいた。(正解は「地獄で仏」)
 先入観と思い違いというのは恐ろしい。
 私もずうっと
この本のタイトルを『モテ飯』だと間違えていた。
 何だろう、テレビ番組で作者とその料理をチラと見ただけだったけど、皆藤愛子似のお目々ぱっちりメイクの女子が、デミグラとチーズで男子を餌付けするイメージ?
 実際の作者は、もっとあっさりとした感じのかわいらしい顔をしていたが。 しかし、他のメジャーな料理研究家よりも異性受けしそうな雰囲気はある。
 この「異性受けするルックス」と「異性受けする料理企画」が逆に徒となり、最初は出版社に相手にされなかったいう。女性料理研究家は同性の支持ベースがなければやっていけない。
 でも、「料理をすればモテる」って発想は、昔はフツーにありましたよね。 あれ、どこで消えたんでしょう。
 家庭的であることがモテ要素にならなくなったのか。 料理が、という生活全般のことが女子にとって求道的な「文化」になってしまったからか。
 さて現在、私の中では何度目かのお料理本(&ブログ)ブーム。
 洋雑誌とか洋ブログのレシピを見て、せっせと訳して計量カップなどの違いを考え、分量を量り直したりして料理ノートに写している。
 そうやっていて気がついたんだけど、「作ればモテる」というようなコンセプトがいいか悪いかはさておき、私は恋の気配がするレシピ集とか料理エッセイとか料理ブログが好きみたい。 今年のはじめ、読んでいて楽しかったのは
『アマンダの恋のお料理ノート』だった。


 著者はニューヨーク・タイムズのフード・コラムニスト。友だちの薦めでお見合いデートをしたら、なかなか知的で楽しくていい人だったんだけど、チェーン店でのディナーだった上、食後にカフェラテを頼んだのでアマンダ愕然、というところからこのエッセイは始まる。(というか、私も「ディナーの後にカフェラテ厳禁」「まともなレストランで夜十一時過ぎに牛乳が入った飲み物を出すところなんてない」というレストラン常識は、この本を読むまで知らなかった)
 グルメとはほど遠い「ミスター・ラテ」とアマンダが結婚するまでの悲喜こもごもをレシピを絡めて紹介す
るという趣旨の本で、ときめきも、文化系カップルらしい風俗も、おいしそうな料理とそれに絡めたぐっと来るエピソードも満載だった。レシピは実際、役に立っている。アリコヴェールをさやインゲンに変えるなど代用していったら、「ワインに似合う前菜」だったはずが「ご飯に合う総菜」になってしまったこともあったが。
 しかし、9/11の日にロワー・マンハッタンにあるオフィスから瓦礫をかきわけてヴィレッジの自宅に戻ってきて、みんなにディナーを作ってくれるビジネスマンの友だちの話は感動的だったけど、別の意味でも涙せずにはいられなかった。だって、その人リーマン・ブラザーズに勤めているんだもの…悲しい晩餐がその後もあったものと思われる。 著者のアマンダ・ヘッサー、カバーのそでに入った著者写真がアン・ハサウェイによく似た美人なんでこれは奇跡の一枚か思ったのだが、本当にパーカー・ポージーとアン・ハサウェイを足して二で割ったような美人だった。
 日本の料理エッセイには、ちょっとこういう雰囲気はないような。 「恋と料理」の二本立てで気になっている本。

 現在、本国で売り上げがロケット・スタートの料理エッセイ。恋をすると相手に料理を作らずにはいられない著者の恋愛/料理遍歴。いいタイトル!

 これは「元カレが残したレシピ集」。思い出や胸の痛みは消えても、作ってくれた料理の記憶と作り方だけは覚えていたりするもの。 
 日本で「恋と料理が絡み合うエッセイ」で、私がぱっと思いつくのはこれくらいだものなあ。


 これ、「恋と料理」というよりも「非モテと料理」だし。オリジナル版(表紙はこっちの方が好き)を最初に読んだ時は、井の頭線で思わず泣いてしまった。坂崎さんがSUICAペンギンでブレイクした時は、坂崎さんは何億稼いでも罪にはならないよ!と思った。その後、(どんな姿を私が想像していたかは聞かないで欲しいが)
著者の写真を見たら可愛らしい人だったので、今はこの人の報われなさは極端な面食いか何かから来ているんじゃないかと疑っている。
 アグレッシブな『モテ飯』本として、こんなのはある。

 
 私、料理の最中にひとつ素材をパアにして冷蔵庫にストックがなかった時、「モテ飯」ブログからこのレシピを見つけて凌ぎました。簡単だけど、なかなかにおいしかった。聞くところによると、この人の本の購買層の二割は男性だとか。行程が少なくて簡単そうな上、男子好みのメニューが揃っているから自分で作っちゃうんだって。作ってくれる彼女なんかいらない? 料理が出来る男子は本当に素敵だけど、あんまり自己完結しちゃうのもなー。『彼女ごはん』を誰か作ればいいのに。


 サラ・ストルファーはフィラデルフィアの大学で写真を学ぶかたわら、長いことバーでバーテンダーのアルバイトをしていた。
 04年、彼女はバーの常連たちの姿を撮った連作シリーズで、ニューヨーク・タイムズ・マガジンが行ったフォト・コンテストの優勝を勝ち取る。
 そのシリーズが七月に本になる。




序文はジョナサン・フランゼン。
 ジェイ・マキナニーはこの写真集について「ジョイスの
『ダブリナーズ』やレイモンド・カーヴァーの『頼むから静かにしてくれ』といった素晴らしい短編集を思い起こさせる」と言っている。
 この並びが誉めているせいか、フライング発売している米国版のアマゾンでは、写真ファンよりもむしろ文学ファンがこの本を買っているようだ。
 なるほど、真夜中にお酒をちびちび飲みながら眺めるのにぴったりの本にみえる。96ページというボリュームもいいし、是非とも欲しい。
 孤独な夜を感じさせる連作シリーズの一部はこちらで見られる。


 『レボリューショナリー・ロード』がアメリカに続き、日本でも微妙にコケていることを考えると、イエーツはもう翻訳されないんでしょうか。
 そうすると、『Easter Parade』も、もうペーパーバックで読むしかないんでしょうか。
 内容を調べたら、『レボリューショナリー・ロード』よりも面白そう。人によっては、「『RR』よりもこっちの方が傑作」との評価もあるイエーツの七十年代の作品。
「グライムズ姉妹は一生を通して決して幸せになれなかったが、振り返ってみると全ては両親の離婚に端を発しているように思えた」
 という一文で始まる本書は、最初からこれから嫌なことばかり起こりますのでそのつもりで、的な(多分)イエーツっぽさ満開の「バッドエンド版『分別と多感』」みたいな話らしい。 知的なコスモポリタンで恋愛にも積極的だけれど、どの男とも長続きしない姉のエミリーと、姉よりも美人で保守的、不幸な結婚生活に埋没していく妹のサラ。1930年代から大戦を挟んで、サラが亡くなる70年代までの女性の生き様を描いたこの作品は女性の支持者も多く、愛読者の一人グロリア・ヴァンダービルトは、「どうしてあなたはここまで女性のことを分かっているのですか」という熱烈なファンレターをイエーツに書いたとか。
 イエーツの最良の小説には、ミソジニーとフェミニズムの両面が感じられるという。
 対照的な二人の女の子が主人公の小説というのはそれだけで興味をそそるものだけれど、せめて日本でも作家的な再評価が進むといいのにと思う。日本語で読めれば私がラクだから。
 エレン・バーキンがこの小説の映画化の企画に噛んでいる様子。多分、グライムズ姉妹の破滅的な母親の役を狙っているんでしょう。




 前にくわしく感想を書いていないものについては一言コメント入れておきます。





感想はこちらこちら。未訳であるなんて許されない大傑作だと思う。



 感想はこちら。サイモン・ヴァン・ボーイはカーディアンに書いたクリスマス・エッセイでも英米文化系女子の涙を絞ってくれた。







 カメラマンとフード・コラムニスト。4年間の恋愛関係にピリオドが打たれるまでを、二人の間で交わされたプレゼントやカード、おみやげ、記念品などで振り返るオークション・カタログ。その発想も素晴らしければ、マジで入札したいほど展示物のセンスもいい。今時の文化系カップルらしい風俗満載。でも、自分勝手で大人になりたくない男と、自分を理解してくれないとキーッとテンション上がっちゃう女の関係性はリアルで痛い。ナタポが映画化権買ってブラピと主演するって言っているけれど実現するかしら? LEANNE SHAPTONは『Was She Pretty?』も良かった。




 本当は買ったのは去年だけど、読んだのは今年なので。ひとつひとつの短篇に異なるアーティストがイラストをつけている贅沢なコラボ本。FRaUの読書号でも紹介した。人の悲しみに感応するミニチュア象の話、彼女の胸の中に発展する町が出来てしまう『うたかたの日々』風悲恋物語、キスをすると雲に変身してしまう妻を描いた変愛譚、自分が顧問をつとめる模擬国連クラブの高校生全員と心中したいと思う孤独なゲイの教師の顛末……この作家らしいセンチメンタル・ストーリーのサンプル集。





 くわしくはここ



 これは読み途中なのでその内くわしく。レイアウトが素晴らしいデザインについてのエッセイ集。


 イタリアの幻想文学者、ディーノ・ブッツァーティが60年代にコミック・ノヴェ
ルを描いていたなんて知っていた? しかもこれが「オルフェ」のロック・オペラ版! ヒップでグラマラスでエロティックでシュールでグロテスク。でもどこか素人っぽくて、筒井康隆のマンガを思い起こさせる。今年の復刻大賞。現在、新古典部門ではぶっちぎりの趣味の良さを見せるNew YorkReview Books Classic、会心の一冊。

 ノラ・エフロン、ステファン・コルバート、ニコ・マーリー、ニコール・クラウス、フィリップ・グラス、トム・ウルフ、アニー・リーボヴィッツ…。様々なニューヨーカーの窓から見える風景を描いたイラスト集。ビースティー・ボーイズのアルバム「To the 5 Boroughs」のジャケでお馴染みのアーティストの作品。一部はこちらで閲覧出来る。
 くわしくはこちら


 ノーマン・ロックウェルはモデルがいないと絵画を描けない人だった。そんな彼が写真を導入し始めたのは30年代。完璧なディレクションを施して撮られたモノクロ写真の数々は、ロクウェルの「演出者」としてのきめ細やかさだけではなく、ロックウェルのイラストが体現した「アメリカの美」を感じさせる。元ネタとなった写真と実際の絵画を見開きで見せる構成が楽しく、また興味深い。ジョン・ヒューズとの共通点を改めて見出したり。ところで、
『フィルモアの奇跡』のジャケットがノーマン・ロックウェルの作品だって知ってた? 



 で、今年の秋のプレッピー・ブームにのっかって、日本のお洒落洋書屋諸君(←何様)に是非入れて欲しいのがこの本であります。



これは78年から84年まで、デイリー・ミラー紙に連載されていたウディ・アレンを主人公にしたコミック・ストリップ! 連載のタイトルはその名も「Inside Woody Allen」。エロありの大人版ピーナッツ・シリーズみたいで超キュート。作者のスチュワート・ハンプルが50年代からウディ・アレン本人と知り合いだったために実現した企画で、60年代のナードでキュートな男子だった頃のウディをモデルにキャラクターを作ってあるので、絵柄も可愛いのだ。


 シュリンク・ネタに女子との恋愛ディスコミュニケーション・ネタと内容も冴えていた頃のウディ映画みたい。それもそのはず、ハンプルはウディ・アレンが初期に書きためたギャグのメモ・ノートを見せて貰って、一部のコミックはそれを下敷きに描かれているのである。まさしく「オフィシャル」なウディ・アレン・コミックなのだ。これは(ウディ・アレンの映画が未だにお洒落だとされている日本で)もっとキャアキャアワアワ言われるべき本だと思う。
 ちょっと大型本でサイズ的には可愛くないこの総集編には、更に特筆すべきポイントが。序文を、というか、何と序文マンガをバックミンスター・フラーが描いているのである!! ワオ! 
 アメリカでヒップスターが飛びつきそうなこのウディ・アレン・マンガに、私はニューヨークの書店ではなくて、スペインはバルセロナの書店で出合った。バルセロナの青山ブックセンター(←私がそう名づけた)こと「LA CENTRAL」。本当に素晴らしい本屋だった!


 最近、手に入れて嬉しかった本。



 1956年。写真家のインゲ・モラスはかねてからファンだったイラストレーターのソール・スタインバーグのポートレイトを撮影する機会に恵まれた。彼女がアッパー・イースト・サイドのアパートに行くと、『ニューヨーカー』の風刺画などで有名なこの画家は、自分の似顔絵を描いたマーケットの買い物袋をすっぽり被って彼女を迎え入れた。壁には、様々な気分の時の彼の表情を描いた紙袋の仮面が掛けられている。彼は次々と紙袋を被り、なかなか素顔での撮影に応じてくれなかった。モラスはこのアイデアが気に入り、一年後、改めてスタインバーグが描いた紙袋の仮面を様々な人に被ってもらい、作品集にした。これがスタインバーグとのコラボ作であるこの写真集である。
 私が手に入れたのは、九年前に出た復刻版だ。小ぶりなサイズが気に入った。私は小さなサイズの美術書が好きなのだ。買い物袋の仮面を被った人々は、匿名性を身につける。個人というより普遍的な存在として写真に収まる。皮肉でぞっとするようにも、エレガントであるようにも見える。不思議なポートレイトだ。五十年代らしいヒップな雰囲気。今見ても、充分に新しい。
 インゲ・モラスは写真家集団マグナムの一員であり、作家アーサー・ミラーの最後の夫人だった人である。『MASQUERADE』で、紙袋をかぶっている紳士の内、誰かはアーサー・ミラーなのだ。



 インゲ・モラスのセルフ・ポートレイト。(From Magnum Photo

 アーサー・ミラーとインゲ・モラスは、ミラーの前妻、マリリン・モンローが主演した『荒馬と女』の撮影現場で知り合った。『荒馬と女』の撮影ドキュメントのためにマグナムのメンバーは入れ替わり立ち替わり現場を訪れている。アンリ=カルティエ・ブレッソン。イヴ・アーノルド。ブルース・デヴィッドソン。エリオット・アーウィット。だから写真集『Magnum Cinema』でも、最もページが割かれているのは『荒馬と女』の写真である。
 ここに収録されているインゲ・モラスの作品は、クラーク・ゲーブルと一夜を明かした後、ふらふらと気に抱きつくマリリン・モンローを連写したものだ。
 ブック・デザイナーのヘンリー・センス・イェーのサイトでこの本の表紙を見て、私は『MASQUERADE』を欲しいと思った。


Funny Accent/Barbara Shulgasser-Parker

 この本も欲しかったのだが、残念ながら、版を重ねた時に表紙が変わってしまったらしい。いつかニューヨークの古本屋で、この小説の初版本に出合うのが夢である。内容も面白そうだ。



 ドリュー・バリモアとジャスティン・ロング、噂のカップルが主演するラブコメ『遠距離恋愛』をこの間見てきました。
 監督はジョン・ヒューズ映画そのもの!なアメリカの高校生たちのドキュメント『アメリカン・ティーン』で有名なナネット・バーンスタイン。これが初の劇映画になります。(『アメリカン・ティーン』も相当「ドラマ」でしたが)
 映画自体も色々と興味深かったのですが、調べていて気になったのがバーンスタイン監督の次回作。
 何と、『A TAXONOMY OF BARNACLES』というタイトルが! この企画、まだ生きていたんだ。
 『A TAXONOMY OF BARNACLES』は四年ほど前に読んで、とても面白かったガルト・ニーダーホッファーの小説です。その時の感想を再アップしておきます。





 ニューヨークはアッパー・イーストのゴージャスなアパートメントに、6人の姉妹が住んでおりました。
 6人とも器量よしで、足が速く、スタイルがよくてお利口さん。
 長女のベル(29)はあらゆることに秀でた雑学王
 次女のブリジット(25)は一番美しく、女優体質
 三女のベス(19)は自然科学の分野で才能を発揮する学者肌
 四女のベリンダ(16)はどんな古着もファッショナブルに着こなすスタイリスト
 五女のベリル(13)は絶対音感の持ち主で、ピアノと絵画の天才
 六女のベニータ(10)は運動神経抜群のアスリート

 しかし実態はというと
 長女のベルはハーバードを中退し、仕事にも失敗したショックでお酒を飲んで見知らぬ男たちと関係を結んだせいで、誰が父親か分からない子どもを妊娠中
 次女のブリジットは、ボヘミアンに憧れて作家志望のトロットと同棲するも、彼はサッパリ芽が出そうにない
 三女のベスはセントラル・パークで捕らえた小動物を勝手に解剖しようとする変人で、その交友関係は姉妹から「あらゆるおたくの見本市」と呼ばれる生粋のギーク
 四女のベリンダは素行不良で寄宿舎学校に放り込まれたヒステリックなコギャル
 五女のベリルは自分が予知能力があると主張する不思議ちゃん
 六女のベニータは教師も手を焼く競争心の固まりで、それ故学校に友達がないこまっしゃくれたガキんちょ

 娘たちが変わり者なのも無理もありません。
 6人の父親、パンティストッキング業界で地位を築き、ブルックリンの下町からここまで辿り着いた立身出世の人、バリーはエキセントリックを絵に描いたような人物なのですから。
 ダーウィンの進化論に取り憑かれた彼は、広いアパートメントに水族館ばりの魚のコレクションとミニ・ジャングル規模のサンルームを設置し、あらゆる生き物を飼っておりました。
「競争心は種の進化につながる」と信じ、娘たちには個室を与えず、二人部屋に押し込めました。
 アパートの中には更に音楽室、貝のコレクションの展示室、ベリルが描いた家族それぞれの肖像と死んだものを踏む歴代ペットを描いた絵を展示する絵画室などがあり、バリーと姉妹の義母バニーのベッドルームから上階にかけて、メトロポリタン美術館のものを模したひどくゴージャスな螺旋階段が伸びておりました。
 バリーと離婚して上階に住む6人の母、ベラの設えたものです。
 バリーがエキセントリックなら、ベラは天然。上階の部屋は永遠に終わることのないリフォームの真っ最中で、何かというと物がなくなります。
 ベラは離婚直前、ブロンクスの孤児院で黒人の少年を貰い、勝手に養子にしていました。
 そんな訳で姉妹には、血の繋がらない弟、ラトレルがおりました。
 ラトレルは「あなたのお父さんはピアニストだった」というベラの言葉だけを頼りに、ニューヨーク中のピアノ・バーやコンサート・ホールを訪ねてまわり、家出癖で家族を悩ませていました。
 そんな変わり者のユダヤ人一家のお隣、ワスプのフィンチ家には双子の息子がおりました。
 同じ金髪、同じルックス、同じ運動神経を持ち、同じ服装を好み、テレパシーで交信し、全ての行動がシンクロするこの双子、ブレインとビルを見分ける方法はただひとつ、それぞれが熱狂的なファンであるニューヨーク・ヤンキーズとレッド・ソックスの野球帽だけでした。
 まだティーンエイジャーの頃、深夜にバーナクル家の長女と次女の部屋に忍び込み、ブレインとビルはそれぞれ、自分のアイデンティティーともいえる帽子を指輪代わりに差し出してベルとブリジットにプロポーズしたことがあります。
 ベルはすぐにブレインに手ひどくふられて、自棄のやんぱちのような男性遍歴を重ねるようになり、
 ブリジットに拒まれながらもあきらめきれないビリーはストーカーのように彼女を追い続け、
 この初恋は四人の現在に暗い影を落としていました。
 そして、離婚と破産で実家に戻ってきたブレインとビリーが久しぶりにバーナクル家にやってきた「過ぎこしの祭り」の日。フィンチ家の双子と、ブリジットのボーイフレンド・トロット、養子のラトレルに新旧二人の妻、そして6人の娘たちを目の前にしてバリーはとんでもないことを言い出します。
「昔は家督っていうのは長男が受け継ぎ、娘たちは財産なしで結婚に頼らなければいけないものだった。あれはいいシステムだった、財産が分散せずに済んだのだから。そんな訳でわしも家督をたった一人の実子に残すことにした。これから一週間、何らかの形でバーナクル家の名を不滅にするような偉業を成し遂げた者にのみ、バーナクルの名字と遺産を受け渡すことにする!」
 ああ、バーナクルの娘たちの運命はいかに!
 今年のはじめ、文芸界で大変に評判が良かったガルト・ニーダーホッファーの小説デビュー作。
 シェークスピアのリア王とジェイン・オースティン、そして若草物語を下敷きにした「誰も死なない『バージン・スーサイズ』」っていうか、「ガーリーな『ザ・ロイヤル・テネンバウムス』」っていうか。
 いやいや、姉妹のキャラが立ってて、大変に楽しかったです。
 食卓での気まずい会話とか、トロットがいるのに無視して姉妹同士で「どういうプロポーズがキモいか」とえんえん論議するシーンとか、本当にうまい。
 それもそのはず、ニーダーホッファーは彼女自身がニューヨークで伝説的なマネー・トレーダーの父を持つ、6人姉妹の長女なのですから!
 ちなみに彼女は自らのプロダクションを切り盛りするインディ映画界の重要人物であり、スティーブ・ブシェミの監督作『Lonesome Jim』や、この間書いたThe Stateのメンバー、マイケル・ショウウォーターの『The Baxter』等を手がけています。
 実質、仕事をしていないフィンチ家の双子が職業を聞かれると「インディ映画を制作している」って言うのも、彼女自身のキャリアを投影したものかもしれません。
 ていうか、この双子、そして小説そのものがホイット・スティルマンを思わせてならないんですけど。
 『トゥエルブ』のニック・マクダネルといい、やっぱりアッパー・イーストのインサイダーってこういう感じなんだ! 優雅な倦怠を匂わせながらおとぎ話みたいな神話世界に暮らす人々。
 でも、それぞれが父親と上手くいっていない娘たちのあり方はヒリリと痛く、大変に身につまされるところがありました。
 いくつもの謎が明かされ、混乱に満ちた状況のままではありつつも、大団円を迎えるラストがヤンキーズ対レッドソックスのオープニング・ゲームが催されるスタジアムだというのも憎い。
 そしてラトレルが家出しては通っているベーメルマンズ・バー、この次にニューヨークに行くときはかならず立ち寄ろうと決めました。名前で分かるとおり、あの『マドレーヌ』のルドウィッヒ・べーメルマンスが壁画を手がけているピアノ・バーなのです。
 セントラル・パーク動物園、コーナー・ビストロ、マグノリア・ベーカリーと私も行ったところが次々出てくるニューヨークの大変に洒落た、そしてやっぱり痛々しい寓話。
 どこかの出版社が翻訳を出してくれると大変に嬉しいのですが。
 だって読みたい人、きっといるでしょう?

 これを書いてからけっこう時間が経過してしまいましたが、映画化されるとなれば翻訳されるチャンスもあるかも! と期待を込めて。
 ニーダーホッファーはその後、小説第二作目の
『The Romantics』を上梓。これは処女作よりも一足先にニーダーホッファー自身によって映画化されて、本国では今年公開です。

『The Romantics』予告編


『The Romantics』キャスト×J Crewの素敵なコラボ



 ミランダ・ジュライのブログを読んで、私がこの写真集が大好きだったことを思い出した。

 2005年2月27日に書いた文章を再録します。




 ニコラス・ニクソンの『The Brown Sisters』は、彼が妻ビバリー(通称ベベ)とその3人の妹を撮った写真を集めたポートレイト集である。
 ブルーの布張り(現行バージョンは赤)の表紙が家族アルバムを思わせる。
 一人っ子だったニクソンは、ベベの父と母が彼女が生まれてからずっと習慣のように撮ってきた、親戚用のクリスマス・カードのための子どもたちの写真に魅せられたという。
美しい妻の妹たちが、これまたこぞって美人なのが嬉しくもあったのだろう。彼は74年から、四人姉妹が並んだポートレイト写真を毎年撮るようになる。この写真集に収録されているのは、75年から99年のものだ。
 その全ての写真を
このサイトで見ることが出来る。
 四人姉妹が並ぶ位置は決まっている。三女のローリーが左端、続いて末っ子のミミ、ニコラスの妻で長女のベベ、次女のヘザー。
 75年の時点ではベベは25才、ヘザーが23才、ローリーが21才、ミミが15才。
 撮影に使用されたのは、8×10インチの巨大なビュー・カメラ。表紙に使われた84年の写真にはニコラス・ニクソンと共にこのカメラの影が映っている。
 関根勤の両親が彼が大学に入るまで、毎年近所の写真館で改まったポートレイトを撮影していたというのは有名な話だ。
 この姉妹の写真もそれに似ていなくもないが、撮影者は姉妹にとって家族である。四人はぐっとリラックスした風情で映っている。同時にニコラス・ニクソンはアーティストだ。どの写真もポートレイトとして傑作に仕上がっている。
 ブラウン姉妹の連作は彼女たちの自然な美しさも手伝って話題となり、ニクソンの代表作として美術館の写真コーナーを飾るようになった。それでも、姉妹にとってこれはあくまでも、家族による、家族のための家族写真である。途中から意味が変わることはなかった。
個人的であることと、普遍的であること。そのふたつが直結しているこれは希有なコレクションだ。
 美しき四人姉妹は『若草物語』を連想させる。あるいは(あれは三人姉妹だが)ウディ・アレンの『インテリア』や『ハンナとその姉妹』を思い起こさせる。
 長女のベべはしっかり者、次女のヘザーは知的で、三女のローリーは穏やかな性格。ミミは末っ子らしくちょっと神経質ではにかみ屋。そんなパーソナリティが伝わってくるようだ。
 それにしても姉妹は何と似ているのだろう。特にヘザーとミミはそっくりだ。ベベだけ他の三人よりも明るい髪の色をしているが、姉妹は口元、膝の形、ある年の写真では顔にひろがるそばかすの分布まで似ているのが分かる。
年を経て、姉妹の顔は少しずつ変化していく。似てくる部分、離れていく部分。
 海辺や、庭や、室内で四人並んでポートレイトを撮るまでの合間に、この四人はどんな人生を過ごしてきたのだろう。恋や、家庭の不和や、病気、漠然とした不安や厳しい現実がそこにはあるのかもしれない。92年の写真で、当時32才のミミが妊娠していることが分かるが、ニコラス・ニクソンは写真の横に個人的なエピソードを連ねるような野暮な真似はしない。
 最後に掲載されている99年の写真の時点で、姉妹はそれぞれ54才、52才、50才、44才になっている。年齢を重ねた姉妹には、若い頃とはまた別の美しさがある。
 このコレクションが希有であるもうひとつの理由は、二十五年間、撮影をする側と被写体の関係が変わらなかったことにある。ベベとニクソンは夫婦生活を持続させ、家族の絆を失うことはなかった。この写真はそのことの証明でもある。
 ニコラス・ニクソンがいまだに、美しい妻と義理の妹たちを誇らしく思っていることが最後の写真から伝わってくる。





 去年の続き
 ブルックリンはウィリアムズバーグのSpoonbill & Sugartown
 初めて行った時は古書店だったけれど、徐々にセレクト新刊書店の色を強くしていって、今ではウィリアムズバーグのランドマーク的な存在に。
 二匹いる看板猫のうち、ヘイズ君は平台に並べられた本の上で眠るのが好きな子。店員も客も誰も文句を言わず、ヘイズ君のお腹の下から本を取っていく。いいな。



 買った本は四冊。『This is my book This is your book』はお店の十周年を記念して作られた本。常連のお客さんと買った本の記念写真の数々や、店員によるイラスト・エッセイ、絶版本からの再録(その本のページを写真に写す!)など、充実の内容。『Design as Art』はブルーノ・ムナーリの『芸術としてのデザイン』。このペンギン版で持っておきたかった。『Musical Paintings』はマルコム・マクラーレンがキューレーターをつとめた展示会のミニ・ブック。確かタワー・ブックスも取り扱っていたと思う。『How to Make Books』はD.I.Y.女子必携! 私家本やzineを作りたい人のために、素敵なアイデアを提供してくれる。




This is my book This is your book

How to Make Books




matchbook magazineの最新号がアップされていますね。
この雑誌、毎号「matchbook Girlはこんな女子」っていうコーナーがあって好きです。今号だったら、

・一日休暇を取って美術館に行く
・フレッド・アステアのように踊り、ケイリー・グラントのように服を着こなす伊達男を夢見る
・名画は全部地元の映画館で見る
・昼の野球場は夜の街に勝ることを知っている
・ジェイン・オースティンとヴァージニア・ウルフの小業について討論できる
・ママとお茶することを何よりも大事にする
等々

他にも

・バラ色の眼鏡越しに世界を見ている
・ありふれたものより奇抜さを重んじる
・自分の下手なジョークに真っ先に笑う
・チャチャ、チャールストン、タンゴのステップを知っている
・ブルーな気分の時は爪を鮮やかなサンゴ色に塗る
・果てしなき好奇心を持つ
・自分はベイブ・パーリーの生まれ変わりではないかとこっそり考えている
・iPadを誕生日にもらっても、図書館カードは決して捨てない
・かしこいけれど、そのことを鼻にかけたりしない
・日曜日のマチネ公演に誘われたら断らない
・足取りは軽く瞳は輝いている
・最後のガムの一枚を分けてくれる
・ピクニックをアウトドア・スポーツと見なしている
・シャワーや雨の中で唄う
・ミスター・ダーシーに忠誠を捧げている
・コーヒー・テーブル・ブックをちゃんと「読む」
・四月の雨が五月の花を連れてくることを知っている
・蝶ネクタイに目がない
・グログラン・リボンの使い道を千通り以上思い浮かべられる…等。

気取っているって毛嫌いする人もいるかもしれないし、「現実に存在しそうな女子」に「視点を合わせる」というのがマーケティングというものなのかもしれないけれど、こんな架空の女の子に対するラブレターのような雑誌というのはいつの時代もあるべきであり、こんな女の子になりたいと夢見る心を読者からまるっきり奪ってはいけないと思うのです。

私が「ロマンティック・オ・ゴー!ゴー!」というサイトを始めて、しばらくして(恐らくは十二年くらい前に)書いた文を再掲します。

あなたがもし、

 ラブストーリーはハッピーエンドで終わるべきだと信じるなら
 女優が歌う下手くそな歌が好きなら
 ラジオからふいに流れてきた曲に心臓をつかまれて立ち尽くしたことがあるなら
 映画に出てきたブルーの水着の少女に恋をしたことがあるのなら
 美術館には一人で行くのが好きなら
 古い雑誌から気に入ったグラビアや広告ページを切り抜いて取っておいたことがあるなら
 シャンペンを注ぐ音のようにかすかなヴィブラフォンの響きに耳を傾けるなら
 短編集が好きで、九十分以上ある映画を観るのは躊躇するほど飽きっぽいなら
 エリオット・グールドをスタイリッシュだと思うなら
 冬の寒い日にココアにバター、ホットミルクにラムを落として飲むのが好きなら
 もっと寒い日にはレモン水と砂糖でわったワインを温めて飲むのが好きなら
 喫茶店で文庫本をまるまる一冊読み潰してしまうタイプなら
 プロム・パーティが出てくるアメリカのティーン・ムーヴィが好きなら
 眠りに落ちる直前まで小さな音で音楽を流しておきたいタイプなら
 ウエハースや湯葉といったはかない食べ物が好物なら
 みんなに内緒にしてあるとびきりの自転車コースがあるのなら
 感性によって選択された知性、といったものを信じるなら
 旅先でパスポートや切符が見つからない時に『いつも2人で』を思い出すなら 
 回転ドアを見るたびに『ピンク・パンサー2』を
 カーラジオでクイズを聞くたび『抱きしめたい』を思い出すなら
 午前中の図書館の、水の中のような静けさが好きなら
 朝起きて朝ご飯の代わりに甘いものが食べたいと思うなら
 お気に入りの傍役俳優がいるのなら
 「水に描く」という単語が好きなら
 おしゃれリーダーというと幸田文や向田邦子や白州正子を思い浮かべるなら
 バスルームに雑誌とポータブルラジオを持ち込んで長風呂する習慣があるなら
 夏休みにブラッドベリ、秋の公園ではクリフォード・D・シマック、
 雪が降る日にはジャック・フィニイを読みたいと思うなら
 古本屋の映画パンフレット・コーナーにときめくなら
 2分半かそこらであっけなく終わるポップ・ソングが好きなら
 映画のヒロインと同じ型の服を探してブティックや古着屋をさまよったことがあるのなら
 小説に出てきた料理のレシピを参考にキッチンで何か作ったことがあるなら
 雨の日にボサノヴァを聴くのが趣味なら
 五月になると生きる歓びを感じるなら
 そして、人生には推理小説とティー・ブレイクが必要だと思うのなら

 ほんの少しの間、くだらないお喋りに付き合って欲しいと思う。

 覚えておいても何の得にもならない「ささやかだけど役に立たないこと」ばかりのコンテンツ。それはマニア受けするには少しミーハーが過ぎて、誰もが口ずさめるヒット曲のように気安く、目立たない同級生みたいにすぐ忘れられてしまう。

 このサイト(ブログ)はそんなものを扱う場所です。
 
 十二年前の文章を挙げて、今、もう一度あえて宣言したいと思います。






 五月に行ったニューヨークのレポート、実は終わっていないのです。
 本と本屋について、まだ全然書いていない。
 どんな本をどんな本屋で買ったか、さわりだけでも紹介しておこうと思います。
 
 以前、ウェスト・ヴィレッジにあった12th Street Booksという古本屋さんが大好きだった。マンハッタンから撤退してしまって寂しいな、と思っていたら、同じ人がブルックリンで新しい古本屋を始めた模様。泊まっているホテルのすぐ近くだったので行ってみた。
 Atrantic Bookshopである。
 滞在したのは短い時間だったけれど、素敵な古雑誌とペーパーバックを手に入れた。


「マッド」の編集者、ハーベイ・カーツマンが60年代に主宰していた幻の雑誌「Help!」のカトゥーン傑作選とゲーム・ブック。後者の編集アシスタントには、カーツマンの押しかけ弟子であるテリー・ギリアムの名前がクレジットされている。今見てもヒップ!


 1956年の「エスクァイア」。ヘンリー・ウルフのデザインが素晴らしい。



 同じくヘンリー・ウルフがデザインを手がけたショウビズ・マガジン「Show」は今回の掘り出し物! エディトリアル・デザインに興味がある人ならば、みんな見て狂喜するような素晴らしい雑誌である。捨てページが一枚としてない。
 ヒロやイヴ・アーノルドによる写真、トミー・アンゲラーのイラスト…。一枚、一枚、全部見せたいくらい。
 


 「Show」からミルトン・クレイザーのコラージュ。こんなページばかりだ!





 1950年代の観光マガジン「Holiday」のパリ特集号。これまた、全ページを見せたいようなクオリティ。表紙の凱旋門の写真はロバート・キャパ。次号予告に「ハワイ」とあって、夢が膨らんだ。



 「マドレーヌ」シリーズでお馴染みのルドウィッヒ・ベーメルマンスのイラスト!



 1940年代の「ニューヨーカー」。古い「ニューヨーカー」誌は大量にあったので、マニアは是非とも行くべき。



 「ローリング・ストーン」誌の十周年記念号。アニー・リーボヴィッツの特集は見応えがある。



 この時点でのキャメロン・クロウの(ローリング・ストーン誌刊行以降の)ベスト10アルバム。
・スティーリー・ダン『うそつきケイティ』
・トッド・ラングレン『サムシング/エニシング』
・ジョニ・ミッチェル『バラにおくる』
・レッド・ツェッペリン『フィジカル・グラフィティ』
・オールマン・ブラザーズ・バンド『フィルモア・イースト・ライヴ』
・ジャクソン・ブラウン『ジャクソン・ブラウン・ファースト』
・スピナーズ『フィラデルフィアより愛をこめて』
・ビートルズ『ホワイト・アルバム』
・イーグルス『イーグルス・ファースト』から「テイク・イット・イージー」
・クロスビー、スティルズ、ナッシュ&ヤング『So Far』から「オハイオ」
 今聞いたら、違う答になるだろうか。

 どれも状態が良くて満足。ブルックリンで古本屋を探している方にお勧めする。