
現在のアメリカにおける女性芸人の勢いはすごい。
自分で脚本が書いて、テレビ番組や映画をプロデュースして、かつ主演をはって数字が稼げるコメディエンヌが数多くいる。
今やみんなこの状況を当たり前のように思っているけれど、クリステン・ウィグをはじめとする女芸人たちはこう思っていることだろう。「ティナ姐さんにはとても頭が上がらない」と。
コメディエンヌの全盛期は彼女一人で作り出したものではないかもしれないが、それでもサタデー・ナイト・ライブで女性初のヘッドライターとなったティナ・フェイはゲーム・チェンジャーだった。彼女は『ミーン・ガールズ』の脚本・出演で映画界に進出し、人気番組『30 Rock』でクリエイター兼主演を務め、エミー賞に輝いた。女芸人たちの出世コースを築いたのである。
女芸人はもう、男性コメディアンの横でガールフレンド役で花を添えたり、「モテない女」という定型だけで笑いを取らなくてもよくなった。自分たちにふさわしい役がなかったら、自分たちで脚本を書けばいいのだ。ティナ・フェイなくして、『Bridesmaids』の成功はありえない。
日本ではちょっと前まで「サラ・ペイリンのそっくりさん」という認識しかなかったティナ・フェイだが、フジテレビが深夜にくり返し『30 Rock』を放映したおかげで少しは認知度も上がって来た。本国ではスマッシュ・ヒットを記録したスティーブ・カレルとの主演作『デート&ナイト』は日本ではDVDスルーだったが、見たところ回転率も良さそうである。一度来日してアンジェラ・アキの物真似(数字入りの長袖Tシャツをきて「アンジェラアキデス」というだけでOK)でもしてくれれば人気も爆発するのではないか。
で、ティナ・フェイの本『Bossypants』がペーパーバックになったので読んでみた。全米で記録的なベストセラーとなった彼女のエッセイ集である。
基本的な作りは回顧録で、イケてなかった子供時代、イケてなかった高校時代、まるっきりモテなかった大学時代(自分に振り向いてくれない男子たちに無駄に秋波を送っていた時に培ったハートの強さは、後に低視聴率番組のプロデューサーになった時に役に立ったという)、「おびえた生徒と気のない教師からぽっと出の田舎娘と百戦錬磨のマダムへ、更に孤児アニーとワーバックス(地方巡業組)からお互いを尊敬する対等な友人同士へ、不機嫌な十代の娘と寛大な義理の父からマイケル・ジャクソン夫妻へ、少し時間が空いてクリスマスを信じない男の子と奇跡は起こるのだと彼に証明する世捨て人の隣人、それからまたお互いを尊敬する対等な友人同士になった」というプロデューサーのローン・マイケルズとの関係、SNLで学んだこと、本人は全然成功だと思っていない『30 Rock』の批評家筋への成功(彼女は通受けではなく大ヒット番組を本気で狙っていた)、サラ・ペイリン・フィーバー、子供を持つワーキング・マザーとしての自分について、彼女らしいユーモアを織り込んでチャーミングに書いてある。
本当に読んでいて楽しかったし、色々と励まされた。そして隅々までフェミっぽいので驚いた。
「(男性中心の職場で働くことについて)“彼らに決して涙を見せてはダメ”っていう人もいるけれど、もう泣くしかないってところまで怒りがこみ上げたら、泣けって私は言うわね。みんなそれで怖がるから」
「性差別、年齢差別、容姿差別を受けても、相手が自分のやりたい事を直に邪魔する立場にいなかったら放っておくこと。相手を説得したり教育しようとしたりしない。相手が気に入らなくても知ったことではないという態度で自分の仕事をやり続ければいい」というようなことを、ティナ・フェイは読者を笑わせながらイヤミなく伝える。ティナ・フェイのアゴには傷がある。子供の頃、変質者に切りつけられて出来た傷だ。でも彼女はトラウマなんか語ったりしない。「この傷のおかげでみんなに親切にしてもらったし(腫れ物に触らなかっただけという説もあるが)、甥は女だらけの広いビーチでも私を見失わない」。彼女は気骨があるけれど、強面ではない。人好きする。誰もが友達になりたいと思う。美人で魅力的で話していて楽しいので、男性なら彼女をガールフレンドにしたいと思う。本当に得難い才能だ。
こんな本が一冊あれば、日本の女の子たちも生きるのが楽になるのに。ティナ・フェイのような存在を欲しているのは、アメリカのコメディ界だけではないのだ。
この本の面白いところをさらっているとキリがないが、短くて気が利いていた二本を超(適当)訳しておく。
「とても痩せていた時代を思い返す」
世紀の変わり目の短い期間、私はとても痩せていた。その時のことで私が覚えていることといえば
・いつも寒かった
・サイズ4のコーデュロイのショートパンツを持っていた。しかも着ていた。仕事に行くのに。マンハッタンのど真ん中で。
・「あなた痩せ過ぎよ」と言われるのが得意でしょうがなかった
・ビーチにおやつとして赤唐辛子を一袋持っていた
・まずい健康食品のクッキーをいつも食べていて、それを熱心にレイチェル・ドラッチ(女芸人)に勧めたら、彼女はウサギの絵を描いて、そのウサギの尻の下にうんこに見えるように砕いた健康食品のクッキーを貼付けた
・昔から知り合いの男性たちが急に私に興味を示すようになって、それで奴らがキライになった
・骨が当たる音がうるさくて眠れないので、時折両足の間に枕を挟んで寝た
・しょっちゅう食べていないので時間を持て余した
・週に六日、ランニングマシーンで約五キロ走っていた
・全ての人に対する優越感に酔っていた
・まだ子供は産んでいなかった
人に体重のことでとやかく言うべきではない。しばらくの間やせすぎでいることは(きちんと食べて、体重制限のために薬を使ったり喫煙しない限りは)最高の気晴らしである。みんな一度やってみるといい。超ショートのヘアカットや白人男とのデートを試すようなものだ。
「少しばかり太っていた時代を思い返す」
・前世紀の終わりにおける短い期間、体重オーバーだったことがある。その時のことで私が覚えていることといえば
・おっぱいが今よりも大きかった
・閉店前にクリスピークリームドーナッツにありつくためにデザートの途中でレストランの席を立ったことがある
・マクドナルドでフライドポテトを食べようとしただけなのに、もっと栄養があるものが必要だと思ってチーズ・バーガーも二個頼んだ
・本当にその気だったのなら、バーガーキングでワッパージュニアを食べてからマクドナルドでフライドポテトを買うべきだった。シェイクはどこで買っても良しとする
・1・5キロも走れなかった
・大型サイズの男子用のオーバーオールを持っていて、愛用していた
・昔からの知り合いの男性たちに誘われなくなって、それで奴らがキライになった
・クリスマスに少なくとも三回、チョコレート、海老のボイル、サマーソーセージ、チーズの混合物をゲロった。お酒は飲んでいなかった
・サイズ12で「これが現実の女性のサイズなのよ」と誇りを持っていた。「サイズ12は世界標準なのよ」と吹聴した。「女性誌が何と言おうとね」
・肌着にアイロンをかけている時に、突き出たお腹にもアイロンを滑らせて火傷したことがある
人に体重のことでとやかく言うべきではない。しばらくの間ぽっちゃりでいることは(糖尿病にならない限りは)人生における自然な側面で別に恥じることではない。思春期や、知らない間に共和党派に傾いてしまうようなものだ。