
matchbook magazineの最新号がアップされていますね。
この雑誌、毎号「matchbook Girlはこんな女子」っていうコーナーがあって好きです。今号だったら、
・一日休暇を取って美術館に行く
・フレッド・アステアのように踊り、ケイリー・グラントのように服を着こなす伊達男を夢見る
・名画は全部地元の映画館で見る
・昼の野球場は夜の街に勝ることを知っている
・ジェイン・オースティンとヴァージニア・ウルフの小業について討論できる
・ママとお茶することを何よりも大事にする
等々
他にも
・バラ色の眼鏡越しに世界を見ている
・ありふれたものより奇抜さを重んじる
・自分の下手なジョークに真っ先に笑う
・チャチャ、チャールストン、タンゴのステップを知っている
・ブルーな気分の時は爪を鮮やかなサンゴ色に塗る
・果てしなき好奇心を持つ
・自分はベイブ・パーリーの生まれ変わりではないかとこっそり考えている
・iPadを誕生日にもらっても、図書館カードは決して捨てない
・かしこいけれど、そのことを鼻にかけたりしない
・日曜日のマチネ公演に誘われたら断らない
・足取りは軽く瞳は輝いている
・最後のガムの一枚を分けてくれる
・ピクニックをアウトドア・スポーツと見なしている
・シャワーや雨の中で唄う
・ミスター・ダーシーに忠誠を捧げている
・コーヒー・テーブル・ブックをちゃんと「読む」
・四月の雨が五月の花を連れてくることを知っている
・蝶ネクタイに目がない
・グログラン・リボンの使い道を千通り以上思い浮かべられる…等。
気取っているって毛嫌いする人もいるかもしれないし、「現実に存在しそうな女子」に「視点を合わせる」というのがマーケティングというものなのかもしれないけれど、こんな架空の女の子に対するラブレターのような雑誌というのはいつの時代もあるべきであり、こんな女の子になりたいと夢見る心を読者からまるっきり奪ってはいけないと思うのです。
私が「ロマンティック・オ・ゴー!ゴー!」というサイトを始めて、しばらくして(恐らくは十二年くらい前に)書いた文を再掲します。
あなたがもし、
ラブストーリーはハッピーエンドで終わるべきだと信じるなら
女優が歌う下手くそな歌が好きなら
ラジオからふいに流れてきた曲に心臓をつかまれて立ち尽くしたことがあるなら
映画に出てきたブルーの水着の少女に恋をしたことがあるのなら
美術館には一人で行くのが好きなら
古い雑誌から気に入ったグラビアや広告ページを切り抜いて取っておいたことがあるなら
シャンペンを注ぐ音のようにかすかなヴィブラフォンの響きに耳を傾けるなら
短編集が好きで、九十分以上ある映画を観るのは躊躇するほど飽きっぽいなら
エリオット・グールドをスタイリッシュだと思うなら
冬の寒い日にココアにバター、ホットミルクにラムを落として飲むのが好きなら
もっと寒い日にはレモン水と砂糖でわったワインを温めて飲むのが好きなら
喫茶店で文庫本をまるまる一冊読み潰してしまうタイプなら
プロム・パーティが出てくるアメリカのティーン・ムーヴィが好きなら
眠りに落ちる直前まで小さな音で音楽を流しておきたいタイプなら
ウエハースや湯葉といったはかない食べ物が好物なら
みんなに内緒にしてあるとびきりの自転車コースがあるのなら
感性によって選択された知性、といったものを信じるなら
旅先でパスポートや切符が見つからない時に『いつも2人で』を思い出すなら
回転ドアを見るたびに『ピンク・パンサー2』を
カーラジオでクイズを聞くたび『抱きしめたい』を思い出すなら
午前中の図書館の、水の中のような静けさが好きなら
朝起きて朝ご飯の代わりに甘いものが食べたいと思うなら
お気に入りの傍役俳優がいるのなら
「水に描く」という単語が好きなら
おしゃれリーダーというと幸田文や向田邦子や白州正子を思い浮かべるなら
バスルームに雑誌とポータブルラジオを持ち込んで長風呂する習慣があるなら
夏休みにブラッドベリ、秋の公園ではクリフォード・D・シマック、
雪が降る日にはジャック・フィニイを読みたいと思うなら
古本屋の映画パンフレット・コーナーにときめくなら
2分半かそこらであっけなく終わるポップ・ソングが好きなら
映画のヒロインと同じ型の服を探してブティックや古着屋をさまよったことがあるのなら
小説に出てきた料理のレシピを参考にキッチンで何か作ったことがあるなら
雨の日にボサノヴァを聴くのが趣味なら
五月になると生きる歓びを感じるなら
そして、人生には推理小説とティー・ブレイクが必要だと思うのなら
ほんの少しの間、くだらないお喋りに付き合って欲しいと思う。
覚えておいても何の得にもならない「ささやかだけど役に立たないこと」ばかりのコンテンツ。それはマニア受けするには少しミーハーが過ぎて、誰もが口ずさめるヒット曲のように気安く、目立たない同級生みたいにすぐ忘れられてしまう。
このサイト(ブログ)はそんなものを扱う場所です。
十二年前の文章を挙げて、今、もう一度あえて宣言したいと思います。