
最近のリンジー・ローハンについて考えたら悲しくなってきたので、2006年に講談社のウェブマガジンの連載、「お気に入りに追加」のために書いた原稿をここに再録しておく。
前回、DVDスルーの映画について書いたのだけど、来年早々このラインナップに入っているものに、リンジー・ローハン主演の『ラッキー・ガール』がある。
リンジー・ローハンといえば、ゴシップ・クィーンのイメージが強いアイドル女優。ティーン映画のカテゴリーの中では最大限にいい映画に出ていて、女優として同世代の女の子の共感を呼べるという根幹あってこその人気なのに、日本ではゴシップの方が一人歩きしていて損だ。それにしても、一時期ほどではないにしろ、日本でのハリウッド・ゴシップの人気はちょっと過熱気味だと思う。もちろん、ゴシップは楽しい。けれど、本国から離れて少し距離感を持ってみるからこそ、ちょっと下世話で面白かったり、あるいは神話的だったりしたものが、なんとなく最近は固有名詞が日本の芸能人でないというだけで、どんどんフツーの女性週刊誌的な(つまり本国で『ナショナル・エンクワイラー』を本気でガン見している人の)視点になりつつあるんだよね……。いや、ゴシップが悪いわけじゃないのだけど、「その人の映画作品は見ていないけれど汚い噂は知っている」というスタンスはちょっと問題があるような。あくまでも、光あっての影だから。
で、リンジーの『ラッキー・ガール』における日本の映画会社の戦略はちょっと惜しい。DVDスルーという時点で惜しいのは当たり前だけど、本当に残念なのはDVDのカバー・パッケージである。ちょっとリンジー・ローハンが好きな人ならば、原題を『Just My Luck』というこの映画の本国版のポスターで、ピンクのフェイクファー・コートを着た彼女がサングラスを上げてウィンクしている写真が使われていたことを覚えているだろう。日本盤のビジュアルでは、その写真が使われていないのだ。この写真こそ、ゴシップ・クィーンのリンジーと女優としての彼女の人気を結びつける重要な一枚なのに。
実はこの写真、スタジオが用意したものではないのだ。パパラッチが撮った会心の一枚なのである。それも、彼女の父親が飲酒運転で逮捕された次の日のものだ。その日、ニューヨークのマジソン・アベニューの高級ブティックでリンジー・ローハンが買い物をしているという情報を得て、パパラッチ・カメラマンのローレンス・シュワルツワルドは現場に向かった。既に何人かのカメラマンが待機しており、彼らは当然リンジーが足早に逃げるものと予想していた。ところが。リンジー・ローハンはカメラに気がつくと、平然とシュワルツワルドのカメラに向かって、サングラスを外してウィンクした。思わず彼は叫んだ。「その顔をもう一回頼む!」
こうして撮られた一枚が、「ピープル」や「アス」といったゴシップ誌に買われ、最後には二十世紀フォックスが大金を出して買い取り、映画のポスターになった。
父親が逮捕された日に買い物に行き、カメラマンにウィンクをした。そこに信じがたいほど軽薄だともいえる。そんな悲しい日に、過去の数多くのグラビアの中でもとびきりの笑顔を作ってみせた彼女を、健気だといえる。あるいは、そこまでやってみせるからこそナンバー1アイドルなのだとも。
ハリウッドのアイドルであることのグロテスクさ、悲しみ、そういったものを全て包括する輝きやリンジー・ローハンのパワーというものの全てがある写真である。パパラッチのカメラマンによる歴史的な写真というものが、何枚か存在する。カメラマンを殴り飛ばした瞬間のショーン・ペンや、スタジオ54のアンディ・ウォーホルといった決定的なショットだ。これもその一枚にカウントしていいだろう。もし、私たちが将来、二十歳にもならない女の子を連日マスコミが追い回したある時代を振り返る時や、(将来的に失敗しても成功しても)リンジー・ローハンのキャリアを総括する時、あるいは彼女が死んだ時にイメージとして使われるのは間違いなくこの写真だろう。ここにはちゃんとハリウッドの神話としてのゴシップが息づいている。