2010年1月31日日曜日

サリンジャーに捨てられて



 どの世代でも自分たちの世代は特別だと思っている。わたしの祖父母は町に馬車があったのを覚えているというので、両親は“大恐慌”を体験したということで、特別だと思っている。三十歳以上の世代は“アカ狩り”と朝鮮戦争を知っていて、ボビー・ソックスをはいた女の子とビート族を知っているから特別なのだ。わたしの姉が特別なのは、ティーンエイジャーと呼ばれた最初の世代に属していたので特別なのだ(それまでは、十代はアドレセントと呼ばれていた)。それに当時は、ティーンエイジャーであることがまだ楽しかった。そしてわたしはその中間にはさまれている。わたしの世代は“満たされない期待”の世代なのだ。
 ジョイス・メイナード
『19歳にとって人生とは』


『17歳の肖像』こと『An Education』を観た時、私はジョイス・メイナードのことを思い出した。(『An Education』について以前書いた文章はこちら
 六十年代終わり、まだ十代の時に「セブンティーン」「マドモアゼル」などに大人びた文章を寄稿して有名になり、サリンジャーの目にとまった美少女である。
 天才少女として注目され、メイナードはイエール大学に進学するが、サリンジャーとの文通の後、彼女は大学を辞めて彼が隠遁生活をおくるニュー・ハンプシャーへと向かう。そこで十ヶ月サリンジャーと暮らし、作品集『19歳にとって人生とは』を発表した。そしてサリンジャーに捨てられ、19歳にして彼女は何もかも失った。かのように感じた。
 その後、彼女は成長して身を立て直した。もう天才少女ではないけれど、ちゃんとプロの作家になった。ガス・ヴァン・サントが映画化した『誘う女』の原作は彼女の作品である。99年、彼女はサリンジャーとの思い出等を綴った
『ライ麦畑の迷路を抜けて』を発表する。同時期にサリンジャーのラブレターをオークションにかけてスキャンダラスな話題になった。
 『17歳の肖像』の原作者リン・バーバーとジョイス・メイナードの共通点は、年上の男に求愛されて、若い内に何かを手に入れたような気持ちになって、一度全てを捨ててしまったところにある。普通の少女たちのようにステップを踏まず、手に入れた王冠は、それを授けたかにみえた男の手でひょいと取り払われ、大人びた少女は次にのぼる階段を失った、途方の暮れた子供に戻された。
 もうひとつ、似ていると思ったのは親との関係である。原作では、リン・バーバーはお金のある年上の男との関係を歓迎することによって、両親に「売られた」と感じる描写があるらしい。メイナードも母親の手によって天才少女として売り出され、伝説的な作家とのつきあいに母親自身が押し出した。
 『17歳の肖像』は期待通りの作品だったが、年上の男に捨てられた後、ヒロインがもう一度自我を築くまでの過程をもっと丁寧に描けば、更にいい作品になったと思う。そこらへんが駆け足なので、人によってはあのラストは「恋愛よりも教育が大事」という意味なのだと誤解する人もいるかもしれない。でも、何より大事なのは少女が一度バラバラにされてしまった自分というものを一から作り直したという点で、そうして手に入れた物は、もう誰かによって奪い去られたりしないという点なのだ。

 『17歳の肖像』でヒロインは高価なドレスをプレゼントされても、ずっとつけている小さな金色のハートのペンダントを手放そうとしなかった。それが彼女自身だとでもいうように。

2010年1月28日木曜日

営業報告



 ブックジャパンで久しぶりにレビューを書きました。エリザベス・ギルバートの『食べて、祈って、恋をして』。これ、数年前に本国では大ヒットした本。もうちょっと注目されていい。
 白水社の「再読愛読」、私の『交換教授』の回もネットで読めるようになりました。
 現在発売中のCDジャーナルで、昨年のDVDのベスト5アンケートに参加しています。「学園天国」はもちろんん『ヒース・レジャーの恋のからさわぎ』
 サヴィのDVDハントはジョージ・クルーニー主演作にひっかけて、『マイ・ファミリー、マイ・ライフ』というタイトルでリリースされた『The Savages』を。監督タマラ・ジェンキンズが自分の体験をベースにしているようで、ある意味ではバランスが良くない、歪みが目立つ作品なのだけど、昨年母とその連れ合いを相次いで亡くした私には色々と沁みる作品でした。犬好きも必見。クリス・ウェアが手がけたポスターもいい。

The Savages 予告編



 三月七日に行われるエコール・ド・プランタンの講座、「セレブと映画」は受付中です。受付の電話番号は03(3567)7235になります

60Writers/60Places



 これ、見たいなあ。
 六十人の作家が六十の場所で自著を読む、というプロジェクト。
 美容室や肉屋、地下鉄、場所のチョイスも秀逸。
 日本で一番有名なのは翻訳があるリック・ムーディだけど、ゲイリー・ラッツ、サム・リップサイト、フィオナ・マーゼル、レイチェル・シャーマンなど、気になる作家、いい作家が顔ぶれに揃っている。タオ・リンもホットドッグのカート越しに自分の作品を読んでいます。私の好きなデブ・オーリン・アンファースはコインランドリーで
『Vacation』を。「ライター」なのでかならずしも小説家とは限らない。試着室で朗読している人はどうやら服飾史の本を出している学者のよう。
 そしていつも思うことだけど、向こうの作家は「詠む」のが上手い! いきなり石鹸をくわえて詠み出したり、パフォーマーとしても優秀。









 こちらは『Small Box of Short Stories』に収録された中でも屈指の名短篇(というか超短篇)、「Deb Olin Unferth」をデブ・オーリン・アンファースが朗読してアニメ化したもの。ワイオミングの人たちはデブ・オーリン・アンファースは壊滅的だなんて思っていない、アラスカやネブラスカ、テキサス、ケンタッキーの人々もデブ・オーリン・アンファースは壊滅的だなんて思わない…と続く、自己弁護的なイタイ作品。

2010年1月27日水曜日

ルース・アサワのこと

 先々週の日曜日、『ああ、なんて素晴らしい!』の著者ショーン・ウィルシーのトーク・ショウに行ってきた。
ウィルシーはお金持ちの両親の離婚劇に巻き込まれ、人生前半期に色々と苦労した人。彼の波瀾万丈な人生は本の方でくわしく。
 トークショウは彼が用意した豊富なスライド画像を見せながら話を進めていく形だったが、その中で一枚、気になる写真があった。 ウィルシーの母親はサンフランシスコの社交界の女王で、いろんな有名人が彼女を訪ねて来た。ブラックパンサーの大物や政治家、芸能人、アーティスト、その中に、ルース・アサワが写っているものがあったのである。
 ルース・アサワはサンフランシスコを拠点に活躍していた日系のアーティストである。 トーク・ショウの冒頭でミチコ・カクタニとハルキ・ムラカミについて触れたウィルシーは、日系の彼女が当然、日本でも有名だと思ってこの写真を選んだのだろう。ところが、彼女は日本ではまったくと言っていいほど知られていないのだ。当然、通訳をつとめていた翻訳者の方もきょとんとしていたし、客席はノー・リアクションだった。かく言う私も、三、四年前にサンフランシスコにおける回顧展が海外ブログで評判になっている時、初めて知ったのだ。
 そして細いワイヤーを柳のように編んで籠状にしたり、木の枝のように組み合わせたりする彼女の作品にすっかり魅了されてしまった。使っているのは鉄のワイヤーなのに、ルース・アサワの作品には民芸の佇まいがある!


 

(From Ruth Asawa



 初の回顧展のときのカタログ。唯一の作品集? オブジェの図案が繊細でまた素敵なんだよなー。

 サンフランシスコに数多くの(パブリック・アートとしての)噴水を作り、「噴水のレディ」と呼ばれたルース・アサワ。いつか彼女の作品を見に、サンフランシスコに行きたい。

2010年1月14日木曜日

ファンタスティックなスピーチ

 ナショナル・ボード・オブ・レビューで特別賞を取った時のウェス・アンダーソン監督(イタチ)のスピーチ


2010年1月13日水曜日

箱の中身について全部お教えします



 リチャード・ケリーの『The Box』の内覧試写に行ってきた。
 ケリー監督初の原作モノである。もとの作品はリチャード・マシスンの短篇「死を招くボタン・ゲーム」。
 ある時、普通の夫婦のもとに謎の男が現れて、「ボタンのついた箱」を置いていく。そのボタンを押すと「(その夫婦が)知らない誰か」が死ぬことになるが、彼らは大金を手にすることが出来る。
 ボタンを押すか、押さないのか。考える猶予は二十四時間。
 果たして夫婦はボタンを押すのか? そしてボタンを押した時、一体何が起こるのか?
 「トワイライト・ゾーン」の1話として放映された過去があるのも納得の、「世にも奇妙な物語」あるいは「笑ゥせぇるすまん」的なオチを持つ一編である。
 だから最初は、日本で『The Box』を上映するなら、フランク・ランジェラ(謎の男)の吹き替えをアニメ版喪黒福造の大平透でやるか(「あなた、ボタンを押しましたねえ?」)、お金を積んでタモさんがナレーションをするオープニングをつければいいんじゃないかと考えた。
 しかし、忘れてはいけなかった。相手は『ドミノ』を実在のバウンティ・ハンターとは縁もゆかりもないホラ話に仕立ててしまったリチャード・ケリーである。
 最初の三十分は、70年代半ばの風俗を上手に取り入れつつ、割と押さえたトーンで演出していて、「ケリーも大分大人になって…!」と思ったものだった。原作が書かれたのは70年で「ボタンのついた箱」はもちろん核戦争の暗喩であり、そういう「冷戦時代の雰囲気」と「郊外のディスコミュニケーション」を組み合わせた自分らしい要素を、ちゃんと「オチのあるスリラー」として消化できるようになったんだな、と。
 ところが。「メタファー」だの「観客が想像力を働かせる余地」だの、そんなことはケリーには通用しない。原作を読んだのがいくつの時か知らないが、ケリーは考えたのだ。この「謎の男」には正体があり、「ボタンがついた箱」が人の死と結びつくシステムがあり、「謎の男」がこんなことをするには「理由」があるはずだ!
 そんな訳で後半はもうマシスンの世界を乖離して、ケリーが妄想した「謎の男」の正体、「箱」の正体、「行動」の理由があますことなく語られていくのである! もちろん「正体」も「理由」も、『ドニー・ダーコ』の作者が考えた、あの明後日の方向に銃弾が飛んでいくような理屈でのみ成り立つものである。 え? 火星? 水? …何? しかもよく考えると火星はあんまり関係ない?(いや、ある)
 途中、夫役のジェームス・マースデンは(何故か職場の上司から)「これから君の理屈を超えたことが起こる」と言い渡されるが、確かに常人の理屈は超えている。劇中の夫婦はやがて「思うてたのとちがーう!」という状況に追い込まれるが、それは観客の思いの代弁でもある。
 でも。それこそがケリー映画の醍醐味なんだよ。
 人を中心とした左右対称の画や建築物の撮り方が『サウスランド・テイルズ』を踏襲していて、もし『ドニー・ダーコ』と『サウスランド・テイルズ』の間にこの『The Box』があったならば、『サウスランド・テイルズ』の世界観はもっと人に伝わりやすかったかもしれないと思った。『The Box』の日本公開でケリー映画の観客が増えることを祈ろう。
 妻役のキャメロン・ディアスには実は裏設定があって、それが一応彼女の行動原理になっている。前半出てきてこの設定を暴く、彼女の生徒役の子が気になった。あ、『ダイアナの選択』の狙撃犯?と思ったらドンピシャ。ジョン・マガロという俳優。「選択」絡みの映画でいい仕事をする子。次のウェス・クレイブン作品にも重要な役で出るようなので注目しよう。
『The Box』は四月全国公開。リチャード・マシスンの原作短篇が入った作品集も(
『13のショック』とかに入ってなかった!)三月に発売になるようです。

The Box予告編




ジョン・マガロ主演のコーラCM。本国ではこれで有名。

2010年1月12日火曜日

営業報告




 出版ダイジェストの「再読/愛読」でこれから三回、白水社の思い出本について語らせてもらいます。一回目はデイヴィッド・ロッジの『交換教授』について。
 FRaUの映画コーナーは未公開・DVDスルー映画特集。女性誌としては画期的! とてもいい小特集。私も参加しています。祝!
『(ヒース・レジャーの)恋のからさわぎ』DVD化。
 FRaUの読書日記と本の雑誌の新刊レビューで取り上げた本は以下の通り。

 『善良な町長の物語』アンドリュー・ニコルズ
 『かいじゅうたちのいるところ』デイヴ・エガーズ
 『青い野を歩く』クレア・キーガン
 『初夜』イアン・マキューアン
 『ブレイスブリッジ邸』ワシントン・アーヴィング
 『明治大正昭和 不良少女伝 莫連女と少女ギャング団』平山亜佐子
 『思い出を切りぬくとき』萩尾望都

『善良な町長の物語』絡みで、これ。ヴェラスケスの「鏡を見るヴィーナス」は最も本の表紙に使われている絵画?

三月七日に行われるエコール・ド・プランタンの講座、
「セレブと映画」は受付中です。受付の電話番号は03(3567)7235になります。

それと、三月十四日に大阪でトークショウをやります。詳細は追って。

2010年1月10日日曜日

盗まれた瞬間


(via Gothamist)


 ルース・オーキンがアッパー・ウェストの自宅の窓から見える様々な風景を窓から撮った
『A World through My Window』『More Pictures From My Window』は私の宝物のような写真集である。
 写真の一部は彼女のフォト・アーカイヴで見られる。
 昨年末、アッパー・イーストからブルックリンまで、現在の著名なニューヨーカーたちの窓から見える風景を描いたマット・ペリコリの画集
『The City Out My Window』を買った。これまた素敵だったが、ちょっと心配にもなった。こんなに明確に窓の外の風景を描いてしまったら、ニューヨーカーたちは誰がどこに住んでいるか一発で分かってしまうのではないだろうか? エア・ニューヨーカーの私でさえ、描かれた風景からニコール・クラウスとジョナサン・サフラン・フォアの住所を割り出せる。それとも、スマートなニューヨーカーたちは、住所が分かっても知らないふりが出来るのだろうか? その場所を通りかかった時、窓をのぞくようなこともしないのだろうか?
 そう、窓から外の風景を見ている人たちは、外からも自分の窓が見られていることを忘れてはならない。
 写真家のYasmine Chatilaがニューヨークの街を歩いていて、他人の家やオフィスの窓から一瞬見えてしまったものを撮った「Stolen Moments」のシリーズは「出歯亀か芸術か」ということで物議を醸し出した。
 抱き合ってキスをするロワー・イースト・サイドのゲイのカップル。窓辺で無防備に着替えて、美しい裸身をさらしているティーン・エイジャー。残業中にこっそりキスをしているオフィスの恋人たち。ウォール・ストリートの贅沢なマンションに暮らす男は、恋人か高級な娼婦か分からない見事なプロポーションの全裸の女にバー・カウンターをつかませて後ろから突き立ている。チャイナタウンのバスルームにいる男は明らかにマスターベーションをしている。
 生々しい動画さえも添えられたこれらの写真は、間違いなくプライバシーの侵害に当たる。
 しかし、窓から見えたその一瞬が誰かの人生の一面を集約するような、魅惑的な場面を映しだしているのも事実だ。それをとらえる誘惑に果たして抗うことは出来るだろうか。
 窓は「あちら側」だけではなく、「こちら側」も映し出すことを忘れないこと。素晴らしい「盗まれた瞬間」のシリーズ、本になったら是非欲しい。

2010年1月8日金曜日

アメリカの飯島奈美



 今、日本の映画でフード・コーディネーターといったら『かもめ食堂』や『南極料理人』の飯島奈美であるが、アメリカ映画ではこの人、スーザン・スパンゲンである。
 『ジュリー&ジュリア』と、やはりメリル・ストリープが料理のプロを演じる『恋するベーカリー』、両方とも彼女がフードを担当している。
スーザン・スパンゲンを「アメリカの飯島奈美」呼ばわりしてはいけないのかもしれない。何せ彼女は泣く子も黙るマーサ・スチュワート・オムニ・メディアの食品部門の初代編集ディレクター…。
 『恋するベーカリー』、実は邦題に反してベーカリーのシーンはあんまり出てこないんだけど(代わりに更年期下ネタは満載)、料理はさすがにおいしそうだった。お店に並べたレモン・タルト、クロワッサン、パン・オ・ショコラ、カップケーキにマカロン、様々なパンとクッキー。パッケージのセンスはベリーDean & Delcaだけど。
 マスタードをつけて食べるクロックムッシュや、精神分析医に贈るコーヒー・ケーキ、元夫に請われて作るローストチキン、マッシュポテト、インゲンのソテー、ダブル・ファッジ・チョコレート・ケーキというアメリカ版「彼ごはん」風のメニュー、久々にセックスして大はしゃぎのメリルが興に乗って女友だちに出すパイ三種、フルーツたっぷりの朝ご飯など目にもおいしい。


 マーサ・スチュワート関連で一冊というと、この本。くやしいけど役に立ついい本。カレー・キャロット・スープやレンズ豆スープなどが好評だったので、今度ガツンと肉料理を作りたい。え、
第二弾が出るの!?

おいしそうな絵画




 ジョバンナ・ガルゾーニには17世紀イタリアの画家で、果物、野菜、花などの静物画で知られている。彼女の静物画はただつややかというだけではない。鉢に盛られた野菜や果物が、はっきりとおいしそうなのである。彼女は明らかに、食材として対象を見ている。
 ジョバンナ・ガルゾーニの存在は去年、エリザベス・デイビッドの『Summer Cooking』の表紙で知った。イチゴ、サクランボ、サヤエンドウ…。愛らしい絵で、誰のものだろうとクレジットを見たらバロック時代の画家だった。
 エリザベス・デイビッドはアメリカにフランスやイタリアの料理を持ち込んだ(ジュリア・チャイルド以外の)もう一人の料理研究家である。今年の夏、この本のレシピでトマトオムレツやパンケーキを作った。トマトは卵と別の鍋でソテーする。パンケーキの種はカリッと薄く焼き上げるために水を入れて、寝かせる。少し塩味が効いていて、フルーツにも、クリームにも、卵料理やベーコンにも合いそうなパンケーキだった。
 ジョバンナ・ガルゾーニの絵を、いつか見てみたい。

09年度ベストバーガー



 それは、昨年九月に食べた外苑前のアメリカン・ダイナーE.A.T.の神戸バーガー。つなぎを使っていないパテはみっちり肉の味。そしてポテトがおいしい。ちゃんとお店でカットして焼いたじゃがいもの味。暑い昼下がり、試写を見損ねて、ビールを注文して遅いランチにした。幸せだった。

 母のお葬式を出した四日後のことだった。

 黄色い看板が可愛らしいお店はキャパ十〜十五人といった感じで、オープン・スタイル。指定されて、カウンターの奥に腰かけた。私の隣ではインド系らしき青年がベジタブル・サンドイッチを食べている。ソテーしたナスやトマトがおいしそうで、今度はそれを注文しようかな、なんて横目で見ていたら、店主が英語で青年に話しかけた。

 お前はいつから東京に来ているのか。インド人か。そうか、インド系のアメリカ人なのか。秋葉原はもう行ったか。ここから秋葉原への行き方は分かるか。

 待ってな、と言って店主は店の奥で電車の乗り換え地図を書いて彼に渡した。

 インド系の青年はマサチューセッツに住んでいて、ロケットの研究をしているという。すげえな、お前はスペースマンなのか。と聞いたら、彼がやっているのはロケット・ミサイルの方だという。じゃあエネミー・オブ・ザ・ワールドだな。と店主はにやっと笑った。

 内気そうな青年が、今度は自分から話しかけた。渋谷に泊まっているのだが、木曜日の夜、外国人は渋谷で何をしたらいいのか。

 何かあるかって聞いているよ、と店主は店の女の子たちに伝える。渋谷でもどこでも、クラブでパーティがあるからそれに行けば? でもお前はクラブってタイプじゃないよな。店主は微笑んだ。青年は少しためらってから、うつむきがちに聞いた。ここに、戻ってきてもいいかな。

 あの青年は和食も食べただろうけど、トーキョーの味、としてE.A.T.で食べたベジ・メニューを思い出すのだろう。

2010年1月7日木曜日

花つみ日記



 今年の名画座初めは神保町シアターのデコちゃん特集で、『花つみ日記』。これが本当に本当に素敵な映画だった。
 もう、女生徒たちが校庭で「お掃除ダンス」を踊る冒頭で涙が出てしまった。華奢な足先と校庭に映る少女の影。葦原邦子が東京からの転校生清水美佐子を連れてくる、その廊下さえ少女たちの足音に清められた風情がある。高峰秀子が清水美佐子を連れて初めてバスに乗るとき、窓の外を見ている清水のうなじから淡く清潔な官能が立ち上る。兵児帯をなびかせて、二人の少女たちが肩を抱きあって、笑いながら走り出す時の幸福感! 二人の少女の一挙手一投足から、お互いを「大好きよりも、もっと好き」という気持ちが伝わってくる。
 美しい少女たちにふわふわしている内に終わってしまう73分。石田民三、素晴らしいな。『むかしの歌』も観たかった。
 清水美佐子は原田知世的なたおやかな美少女で、高峰秀子は明朗な美しさ。デコちゃんが「少女の友」を清水に見せて「(中原淳一の絵が)似ているの、あなたに」と言って、相手の耳に口を寄せるところ、ドキドキしてしまった。憧れの先生をめぐる諍いで女学校を辞めてしまったデコちゃんは後半、舞妓さん姿で出てくるんだけど、これまた愛くるしい。でも同時に、後年の成瀬映画で見せるような女の悲しみを幼い中に漂わせていて、ああやっぱりこの人は少女時代から特別な女優だったのだと思う。
 そんな訳で、乙女の皆様に是非見て欲しい。明日、もう一回上映があります。 なお、この映画の原作「天国と舞妓」が収められている
『小さき花々』は国書刊行会から発売中。解説を俺が書いています。原作はもっと悲しいお話だった。

2010年1月5日火曜日

マリー・アントワネット・イン・ザ・ハウス


(from Steven Milous

 予告画像を見て、すごく楽しみにしていたAcid GirlsのLightworksのPV。
 ソフィア・コッポラの『マリー・アントワネット』のパロディですが、毒があって可愛くて好き。より良い画質をお求めの方はこちらでどうぞ。


2010年1月2日土曜日

あけましておめでとうございます



 遅ればせながら。


 Twitterアカウントを公開にしました。こちらでつぶやいています。

 今年もよろしくお願いします。