リブロさんのつぶやきに応えて(他にもリクエストがあったので)07年に書いた「Whimpster」の記事を再録します。
ウィンプスター。
泣き虫とヒップスターをひっかけたこの造語が表すのは、どんな種類の男子なのか。
いつか役に立ついろんなムダ知識が詰まっている本、『ハイスクールU.S.A.』の注釈を引用しておこう。
フェミカルチャー誌『Bust』が名づけた、自己中心的でナイーヴな文化系男子の総称。カレッジ・チャートとお洒落小物に目がなく、実年齢よりも若作りなファッションを好み、実は女性嫌い。
特色としては
一見優しそうだが、彼女が自分よりも強そうな男に絡まれていたら助けない/スポーツを憎んでいる(体育が苦手)/高学歴なのに定職につかない/サリンジャーを愛読/ブライアン・ウィルソンと自分の区別がつかない/フリッパーズ・ギターの悪口を言われると涙目で怒る
などがある(一部嘘)
『Bust』に「ナードの皮をかぶったオオカミ、ウィンプスターにご用心!」という記事が載ったのは、04年夏のことだった。(「エモ・ボーイ」と但し書きあり)
雑誌を越えて定着するまでには至らなかったが、当時は雑誌のサイトのフォーラムには「OMG! 私が前つきあっていた男がこれにぴったり当てはまるわ!」というカキコミが殺到し、私が飲み会や打ち合わせ、茶飲み話でこの記事の話をすると、「マジ? アメリカにもそんな男子がいるわけ!」といろんなタイプの女子が激しく反応し、様々な実体験によるディテールがウィンプスター像に付け加えられたものだった。
記事を思い出してみよう。
エモの、じゃなかったウィンプスターの殿堂入りを果たした男子は
モービー/ジョン・キューザック/ブライト・アイズのコナー・オバースト/カウンティング・クロウズのアダム・デュリッツ/『スウィンガーズ』におけるジョン・ファブロウ/『プリティ・イン・ピンク』のダッキー/イーサン・ホーク/『O.C.』のセス/『アニー・ホール』の男…(09年、この殿堂に『(500)日のサマー』のトムが加わった)
アメリカでは、マッチョな男子が日本以上に多いので、ウィンプスターは最初、文化系女子にとっての王子様に見える。ところが残念ながら、つきあっていく内に彼がマッチョ以上にマッチョであることが判明する。
恋の魔法にかかっている内は、ウィンプスターは「ナードでキュートな男子」に見えるが、別れてみると「正直、ナヨッとしていてキモかったし、ルックスも(彼自身が思っているほどには)良くなかった」と誰もが口にする。
そして付き合っている間は、いろんな不自由を強いられたと。
デートといえば、彼女の部屋でゲームをするかアニメを見るか。彼女の部屋でゴハンその他を済ますので、自然と女子にいろんな金銭的な負担がかかることになる。そのことを言い出すと「お金の話をするなんて汚い!」と逆ギレする。
逆ギレは得意中の得意で、セックスが上手くいかなかった場合にも、(こちらが別に責めたわけでもないのに)用いられる。身体能力絡みのコンプレックスが根深い。自分の言ってることを論破されるのは大嫌い。
ウィンプスターは中性的で自分を威圧しない女子、あるいは性的な魅力に自信を持てない女子が大好物で、そういう娘たちに対してサブカルチャーの知識をひけらかし、支配し、ドンファンのように振る舞う。
だから、誰かと付き合っても正式にその娘を彼女として他人に紹介しない。うっかりデートしているところを見られても、「最近、よくつるんでいるんだよ」「ミックスCDを交換し合う仲なんだ」と平然と言う。彼にとって大事なのは自分自身だけなのだ。
だからウィンプスターの男の子とつきあっていると、女子は自分に自信も持てなくなるし、重い荷物を抱えているようなプレッシャーに苦しみ、誰も助けてくれないという心細さに襲われる。
「世間では、女の子は男の子より弱いんだから助けてあげなくてはいけないなんてよく言うよね。でも、本当に苦しいのは男子の方なんだ。だって、女子には女子だという大義名分があって守られてのうのうとしているけれど、男子は辛くても誰も助けてくれないんだからね。そういう意味では、女子は強者で男子は弱者だ。だから、君は僕を支えてくれなければいけないし、自分のことでいっぱいいっぱいな僕に自分を愛して欲しいなんて要求するのは卑劣な行為なんだよ」
というようなことを、ウィンプスター男子は手を変え品を変え女子に囁く。
それに支配される子もいるが、大抵は途中で理不尽さに耐えられなくなって別れを決意する。
ところが、ここからがウィンプスター男子の独断場なのだ。
逆ギレが得意だって言ったでしょ?
「別れを告げて、ナイーヴな僕を傷つけた!」ということは、彼らにとってどんな報復手段をとっても許される大義名分になる。
それまでの行動で、「自分は彼に愛されていなし、大事にもされていない」ということが身に染みている女子は驚くが、別れを告げた途端、すごくピュアに愛情を注がれていたことにされてしまうのだ!
まずは、半ば裏返った涙目声で、電話でえんえんと責める/ストーカー/醜聞をまき散らす/詩を書く/ブログに書く/捨てられたことをモテ要素にしようとする/次の彼女まで愚痴は持ち越す/次の彼女にも前の彼女の悪口を言う/何年たっても別れを告げられた日の屈辱と悲しみを執念深く忘れない/借金は返さない/でも貸した本やレコードのリストは忘れずに、そのことを口実に会おうとする/会いたくないので断ると半ば裏返った涙目声で、電話でえんえんと責める/ストーカー…
私ね、この記事読んだ三年前(←07年当時)にも抜粋メモを書こうとしたけど、暗い気持ちになってやめたんすよ。
今も気が滅入ってきたんで、これでもうやめたいと思います。
ウィンプスターが何故ウィンプスターになるかっていうことは、男子が自分で掘り下げてくれればいいと思う。
この記事の話をした時、すごく反応したのが柴田元幸先生だった。ちょうど来日中のレベッカ・ブラウンを囲む飲み会の時にこの話になって、柴田先生が彼女に「バストっていうマガジンを彼女(山崎)が読んだところによると、アメリカにはマッチョか、メトロセクシャルか、ウィンプスターの三種類の男しかいないんだって。どう思う?」と聞いたところ、「男には四種類いるわね。マッチョか、メトロセクシャルか、ウィンプスターか、モトユキ・シバタのようなロックスターか!」とレベッカがギターの引き真似したのが04年晩秋の思い出。
そうね、私も日本の女性誌向けにこの記事をブラッシュアップするとしたら、「世の中にはもっと違う男子もいるから、ウィンプスターで我慢しなくてもいいの」という希望を付け加えます。
追記:現在、Tumblrで何故か「世間では、女の子は男の子より〜」の部分だけが引用されてリブログされているが、私は「この手の言い草を!」っていう例で書いたんであって、この部分が主張のように流れていくのに複雑な気持ちを抱かずにいられない。だって、この言い草に共感者が多いってコトでしょ!?