2009年7月31日金曜日

本のポートレイト



 リチャード・ベイカーが描く古本のポートレイト。素晴らしい。



 そのリチャード・ベイカーが描いた、ジュリアン・バーンズの
『The Lemon Table』の表紙。


 こちらはダンカン・ハンナ
 昨年、サンフランシスコの画廊Modernismでやった展覧会から。古いペンギン・ブックスの表紙を油彩で描いたシリーズ。

 そしてリアンヌ・シェイプトンが描く、架空表紙の木製パネルシリーズ。『フラニーとゾーイ』、シルヴィア・プラス、ヴァージニア・ウルフ、サガン、そしてシャーロット・パーキンソン・ギルマンの
「黄色い壁紙」があるのに注目! 文化系女子クラシック。

営業報告

 ウェブマガジン、Shot magazineでインタビューを受けました。写真でメガネをかけているのは、実はこの取材が三月で花粉症だったからです。

 タオ・リンの『イー・イー・イー』。Amazonで
予約販売が始まりました。

 8月25日、原宿クエストホールで開かれるFrancfranc Schoolに出演いたします。

 メインの講師は作家の山崎ナオコーラさん。私は後半に出る予定です。

ヴィンテージ・ルーム


 ニューヨーク・タイムズの記事、New Antiquariansで取り上げられた部屋はどれも素敵! いわゆる「アンティークで趣味のイイ部屋」からはちょっとはみだした、ストレンジな感覚と居心地の良さが不思議に共存している。ユイスマンの『さかしま』的な世界観。


from The 'New Vintage'Life






2009年7月30日木曜日

ローリー・カレン


 うかつだった。ローリー・カレンの『Buttercup Bugle』、日本盤が出ていたんですね。元フリー・デザインのクリス・デリックが手がけた本作、myspaceで聞いていただければ分かる通り、ソフト・ロック・ファンなら狂喜する内容!

2009年7月29日水曜日

営業報告

 小路幸也さんの『東京公園』の文庫版に解説を書きました。
 その解説にも書きましたが、キャロル・リードの
『フォロー・ミー』のサントラがCD発売されて、本当に嬉しいです。



『フォロー・ミー』公園と孤独、無言のふれあい、お菓子についての映画

2009年7月15日水曜日

お出かけメモ・緊急

 私ときたら何ということ!

 古書日月堂にて、香水瓶展が先々週からもう始まっているじゃない!

 実は6月の終わりに取材で訪れたとき、一足先に展示物を見せて貰って大興奮していたのです。ああこれは香水ファンだけでなく、美しいものが好きな人は絶対に絶対に見るべきだよ! 力入れて告知しなくては!と思っていたのに…。今週の土曜日までです。時間がある方は是非。いや、時間を作って見に行って下さい。私ももう一度行きます。裏テーマは「アンチ・ファスト・ファッション」だそうです。

2009年7月13日月曜日

映画と少女


 山下陽子さんによる表紙がいつも麗しいインディ雑誌、シネ・アピエにまた寄稿しています。今回のテーマは「少女たち」。入手出来る場所などは、サイトの方を参照して下さい。


 さて。この雑誌のために書いて、自分でボツにした原稿をここにあげておきたいと思います。

 ボツにしたのは、「外国映画」の少女という原稿の条件を見落としていたことに書き上げてから気づいたからなのですが、字数も圧倒的に足らなかった。しかし「映画と少女」というテーマに対して、私の中にはこれ以上の題材もないし、何らかの形にしたいと常々考えていて、書かずにはいられなかったのです。これでは書きたかったことの半分にも満たないのですが。だからこれは、いつかきちんと書く文章のテスト版なのだと思って読んでくれるとありがたいです。


 映画の中の少女たちを見るとき。

 私には、撮影を待って長時間ロケバスの中でお菓子を食べ散らかしたり、こっそり煙草を吸ったり、音楽に合わせて踊ったりしている、十代の女優としての素顔の彼女たちの姿がスクリーンに二重写しで見える。

 彼女たちはラジオからお気に入りの曲が流れると本番中でも平気で大声で合唱して、音声スタッフにこっぴどく叱られる。長期ロケのために泊まっているホテルの部屋は、中で嵐が起きたかのように荒れ果てて、スナック菓子や空き缶や脱ぎ散らかした服や化粧品が散乱している。バスルームには水洗いして適当に絞ったブラジャーやパンティがシャワー・カーテンのポールにかけられていて、溶けかかったキャンディみたいに甘い水滴を垂らしている。

 彼女たちはお互いの髪を梳かし合い、器用に、あるいは不器用に手鏡片手に自分でメイクをほどこす。くすくすと笑い、オーディションや事務所の情報を交換し、性体験について少し誇らしげに語り、幼い演技論を戦わせ、些細な失敗が原因で自分のキャリアに傷がついたと言ってはヒステリックに泣く。

 ある少女はある少女が嫌い。ある少女は主役格の少女に絶望的に憧れている。あるいは憎んでいる。

 二ヶ月か三ヶ月の間の擬似恋愛の相手として共演者の男の子やスタッフを品定めし、与えられた大したことのないセリフに重大な意味を見つけようとして何度も読み返し、長すぎる待ち時間に疲れ果て、居眠りして、本番の声がかかる頃には緊張感の糸がぷっつり切れている。そんな少女たちに苛々しながらも、動物使いのように彼女たちを操り、私は女優よという自意識とは無関係なところにある少女たちの姿を、隙を見てはフィルムに焼きつけようとする大人たちの姿も見える。

 何故なら私はそこにいたから。

 十七歳だった。一本だけ商業映画に出た。でも、私は自分が映画の中の少女ではなく、たまたま居合わせた余所者か、「映画の少女たち」に紛れて彼女たちの姿をこの目で観察するために呼ばれたスパイのような気がしていた。事務所や劇団に所属していないのも、芸能人学校に通っていないのも私だけだった。普段の生活では付き合わないような、華やかで、プライドが高くて、世間ずれしているくせに妙に幼くて危うい女の子の集団の中で自分の地位を築くために、私は実際よりも性的な経験が豊富であるかのように見せかけた上に、霊能力があるふりをした。

 私はあの映画の主役のオーディションを受けて、選ばれて撮影に参加したはずだった。映画の監督から直々に声をかけられたのだ。その前年に、私は監督が演出した舞台に出演していた。

 学校で人気者になれるタイプの女の子ではないけれど、もしかしたら、自分は舞台やスクリーンならば輝くタイプかもしれない。十代の少女がぼんやりと抱くそんな幻想は、私の胸の中にも巣くっていて、時折、蝶々のようにざわめいた。自尊心を抱くだけの小さな根拠もあったのだ。舞台を見た映画監督の一人が、出演者の中で私が一番いい、印象的だ、主演映画を撮りたいと言ってくれたのだ。カルト的な人気を集めるパンク・バンドのドキュメンタリー・フィルムで有名な人だった。

 主演女優を夢見る私に、舞台を演出した監督が言った。でもね、君はものを書くことをやめない方がいいよ。君は僕と同じで世界を外側から見ている人だからね。

 そう言ってくれた青年が、後年、少女を買った罪でつかまった時、私は何を感じただろう。

 映画のテスト試写を見て、私は自分が映画の少女ではないことを嫌というほど思い知った。あなたの役、ろくなセリフもないじゃない。大騒ぎして学校まで休んで撮影に参加したのに、まるでエキストラと変わりがなかったわ、と見に来た母に言われた。彼女は正しかった。出番があれ以上多かったとしても、私はまったく光らなかったと思う。

 映画の中の少女というと、私はいつもこの映画の撮影現場を思い浮かべる。主演の少女が田舎の畦道を走るシーンを、クレーンで撮影した日のことだ。クレーンがせり上がっていく横で、出番を待つ私たちはレベッカの曲を歌っていた。撮影が中断するたびに、主演の少女も戻ってきて私たちに加わって一緒に歌った。映画が小規模で公開された一年後、道を歩いていて、私の名前を呼ぶ彼女の声を聞いた。ボーイフレンドが運転する車の窓から乗り出して、主演女優の少女は本名ではなく、自分の役名を告げた。その一瞬の再会が懐かしくてせつなくて、彼女の笑顔が流星の尾のように光を帯びて遠ざかっていく姿を今も思い出す。田舎の畦道でカメラを乗せたクレーンがせり上がっていくのを見て、自分の視点が同じように舞い上がり、何度も畦道を走る主演の少女とその横で歌う私たちの姿をとらえた瞬間を今も思い出す。ああ、これが映画なんだとその時思った。私たちは映画を撮影しているのだ。少女たちがスクリーンに躍り出す時、そのプライベート・フィルムが重なり、私の呼吸はいつも止まりそうになる。

2009年7月10日金曜日

『戦場でワルツを』『Pretty Persuation』


 

 最近、試写で見た中で抜群に良かったのは『戦場でワルツを』。
 監督のアリ・フォルマンが、自身が経験したレバノン戦争の記憶を辿っていくアニメーションなのだけど、シュールでスタイリッシュで、リチャード・リンクレイターを思わせる箇所もあり、釘付けになった。OMDの「エノラ・ゲイ」やPILの「This is not a Love song」、CAKEの「I bombed Korea」のカバー「I Bombed Beirut」など音楽の使い方も上手い。




 ただ、あまりにも格好いいので、「サブラ・シャティーラの虐殺」の恐ろしさの印象が薄れてしまうのではないかと心配になっていたら……ラストのラストでおぞましい現実を突きつけられた。
 イスラエル軍によってガザ地区が爆撃された2009年。『戦場でワルツを』は本命視されていたアカデミー賞の外国語映画賞をとれなかった。

 この映画を見て思い出したのが、エヴァン・レイチェル・ウッド主演の『Pretty Persuation』。


 パレスチナからの留学生、ランダが文化祭で、弁護士の父を持つ有力者のユダヤ人同級生から責め立てられる。彼は地図を開いて指をさし、「お前、“パレスチナ”なんて国がどこにあるのか言ってみろ! そんな国はねえんだよ!」
 見かねた演劇部の女王、キンバリー(エヴァン・レイチェル・ウッド)はランダを助けようとして、大声で彼をなじり、あろうことかユダヤ人の蔑称を口にする。その瞬間、お金持ちのユダヤ人だらけの学園は凍りつき、キンバリーは「アンネの日記」の主役を降ろされ、顧問を逆恨みしてセクシャル・ハラスメントをでっち上げてスキャンダルを起こすのである。
 キンバリーはランダを利用しているだけで、彼女に同情しているのではない。留学してきたばかりのランダにこんなことを言う。
「私は全ての人種をリスペクトしているけれど、白人に生まれてよかったと思うわ。女として生まれるには、最高の人種よ。特に私みたいな女優志願者にとってはね」
 キンバリーは顧問のアンダーソン先生に「アンネの日記」の主役にこだわる理由について聞かれて、こう答える。「イラクで従軍して死んだ兄がくれた本なんです」見え透いたお涙頂戴の嘘だと顧問は呆れるが、それは可愛い外観の下に薄汚れた性遍歴と野心、恐ろしい企みを隠したキンバリーにとっての唯一の真実だった。
 笑うことさえ出来ないような、真っ黒なコメディ映画。エヴァン・レイチェル・ウッドが最も美しい時に作られた作品で、私の中では彼女の代表作である。

『Pretty Persuation』予告編


 

営業報告

 現在発売中の「エル・ガール」で、「ディズニー・アイドル・ビジネス講座」という記事の監修をしてします。こういう雑誌に載るにしてはなかなかに辛口の、読み応えある記事になっていますよ(自画自賛)。
 パルコ・シティ・フライヤーに『サンシャイン・クリーニング』について書いています。
 「FRaU」と「本の雑誌」で紹介した新刊は以下の通り。

『新・垂里冴子のお見合いと推理』山口雅也
『1Q84』村上春樹
『夜想曲集』カズオ・イシグロ
『姿なきテロリスト』リチャード・フラナガン
『日曜日の空は』アイラ・モーリー
『帝都最後の恋』ミロラド・パヴィッチ
『ゴースト・ストーリー傑作選』

 それと、ちょっと都合で出るが延びていた『イー・イー・イー』ですが、8月6日には発売になるそうです。あら、惹句も弱冠変わっている。
 とある人がわざわざ帯原稿を書き下ろしてくれて感動なのです。
 そして、日本ではまだ珍しい感じの宣伝展開なんかも待っているので、楽しみにして欲しいと思っています。

2009年7月7日火曜日

人類学・その他100の物語



 以前、BookJapanで紹介したダン・ローズの『Anthropology:101 True Love Stories』
今出ている「群像」で、岸本佐知子さんが抜粋を翻訳しています。ワオ!


 この短篇をもとにしたショート・フィルムの連作をYouTubeで発見。









2009年7月5日日曜日

幻のフォーク・シンガー、Connie Converse


 1974年8月、ミシガン州で弟一家と一緒に暮らしていた家から一人の女性が消えた。彼女は友だちと家族に置き手紙と、五十曲以上のオリジナル曲の譜面とテープを残していった。それから誰も、彼女の姿を見た者はいない。彼女が乗ったフォルクスワーゲンは見つからず、死体も発見されていないが、家族は自殺したものと見ている。
 彼女の名前はエリザベス・イートン・コンヴァース。50年代、ニューヨークでフォーク・シンガーとして活躍していた時は、コニー・コンヴァースと名乗っていた。
 活躍していた、と書いたが、コニーはグリニッチ・ヴィレッジのフォーク・リバイバル・ブームとは無縁であり、プロとして人前でパフォーマンスをした経験も極端に少ない。
 それでも、彼女の作るユーモラスでもの悲しい曲の密かなファンはいた。そう、コニー・コンヴァースは自分で作詞作曲する、女性シンガー・ソング・ライターの先駆け的なひとだったのだ。
 彼女のファンの一人が、アニメイターで絵本作家、60年代にMGMでトム&ジェリーの続編を手がけたことで知られるジーン・ダイッチである。アマチュアのレコード・エンジニアで大のジャズ・ファン、レコード・マニアをテーマにした漫画集
『The Cat on a Hot Thin Groove』(傑作!)も描いている彼は、54年に自宅でコニー・コンヴァースの曲を四十曲近く録音している。コニー・コンヴァースの曲をまとめた初のアルバムになる『How sad,How Lovely』に収録された曲の半数は、ダイッチが録音したものである。
 ニューヨークのユニークなシンガーとして有名なデイヴィッド・ガーランドがカバーし、自身のFMラジオ・プログラムで紹介したことをきっかけに、コニー・コンヴァースの曲は俄然注目を集め、今回のCDが実現したのである。
 飄々とした曲と、チャーミングな歌声。私はコニー・コンヴァースの作る音楽にすっかりやられてしまって、ここのところ毎日のように聞いている。彼女の生涯について、もう少しくわしいことを「彼女のリトル・キングダム」で書いてみたいと思っている。
 CDは日本のお店では見当たらず、AMAZONではずっと品切れ中。それでもダメもとでAMAZONのカートに入れたら、三週間後には届いた。アルバムの曲の一部はmyspaceでも聞けるので、興味がある人は注文してみて欲しい。というか、何処か仕入れましょうよ。
 コニー・コンヴァースが生きていたら85歳。本当に自殺してしまったのだろうか。メガネをかけた白髪の老女がある日、街角で自分が遠い日に吹き込んだ歌を耳にする……そんなファンタジーを私は今でも期待してしまう。
コニー・コンヴァースのオフィシャルはこちら

One by One/Connie Converse

私たちは暗闇を歩いていく
私たちは夜を歩いていく
他のひとたちのように
誰かと一緒に あちこち行くのではなく
ひとりひとりそれぞれに

暗闇の中をひとりひとり
私たちは夜を歩いていく
草地を彷徨っていると
互いが通り過ぎる音が聞こえるけれど
私たちは遠く隔たっている

暗闇の中を離れたまま
私たちは夜を歩いていく
草は濃くそして高く
私たちは過去の記憶の中で道に迷う
月が落ちてしまうと

月は落ち
私たちは暗闇を歩いていく
もしあなたの手を取ることが出来たなら
私は輝く きっと輝く
朝の太陽のように

2009年7月2日木曜日

いつの間にか少女は


 私が初めてレイチェル・トラクテンバーグちゃんを知ったのは、「Time Out New York Kids」創刊号のこの表紙だった。
 彼女は両親とやっている不思議バンド、Trachtenburg Family SlideShow Playersのドラマー兼ボーカルとして注目を浴び始めた頃でした。速攻でCDも買ったよ!



  あれから7年たって、レイチェルは現在十四歳。もうすぐ十五歳。最新映像がこちら。育った!スタイルがいい。ファッション・センスもいい。しかもすげえ可愛くなっている! 

 最近はウクレレとフラ・フープがお気に入りなのね。
 彼女の新しいバンド、Oh My God Girls。




 こちらはTrachtenburg Family Slide Show Playersのアンプラグド・バージョン的な子ども向けオンライン番組企画。歌に合わせて紙芝居をするのは、ファミリー・バンドではスライド投影係のお母さん。



 住んでいたイースト・ヴィレッジのアパートメントが法外な家賃の値上げをしたために、トラクテンバーグ家は現在、ルックリンに移住。
(ニューヨークの家賃の値上がりは異常で、昨年自殺したトマス・M・ディッシュも長年住んでいたアパートをそれで追い出され、悩んでいたという)
 レイチェルちゃんはこの件に関して昨年、ニューヨーク市庁舎前で市長に対する抗議演説とパフォーマンスを行い、やんやの喝采を浴びた。可愛いだけじゃない、ちゃんと骨太の主張を持ったアーティストなのだ。

インディ映画あるある



 私はズーイー・デシャネルが大好きですが、さいきん「いくらなんでも文化系男子に都合のいいヒロインばかりやりすぎではないだろうか」と思ってきたところです。キルスティンですら、たまにはそういう役をお休みしていたよ。音楽活動さえ、ある種のファンタジーにお応えするような感じなのはどうなんだろうか。もうちっと破綻していて欲しい。「ズーイーは好きだけど、ズーイー・デシャネルが好きな男子はキモイから嫌い」っていう女子も実は少なくないだろう。

 こちらはジャド・アパトウ映画あるある。